そんなプレイがあるっていうから |
黒子と黄瀬は今、筒状の布の中に二人で入り込み、肉巻きアスパラのように頭をひょこりと出している。 布の中で黒子を両腕で抱いている黄瀬は、予想と違う、というように若干眉を寄せつつ小首を傾げた。 「んー……、ちょっと布が邪魔っスね」 「……」 「サランラップで巻かれてるみたいっス。あと、意外と重いっス」 「……これ、人が入るものじゃないですから」 布は重いし黄瀬の腕も重い。黄瀬の部屋に遊びにきたはいいがとんでもないプレイに参加させられて、黒子は無の境地を目指すべく心を静めている。 どうして男子高校生が二人で、うららかな休日、魚の口から顔を出していなければならないのか。 それも、男子の健やかな成長を願い、滝をも昇れあの鯉のように!と先人たちが想いを込めた魚の口からだ。 悟りなのか虚ろなのか判断できかねる黒子の目を覗いた黄瀬は、不満そうに腕の中の身体を揺すった。そういうことをするとビニール地の布が身体に巻き付いてくるからやめてほしい。黒子は思う。 「黒子っちがしたそうだったから持ってきたのにー」 「どこら辺を見てしたそうだと……」 言うと、黄瀬はちらりと頭上に置いてある本を見上げ、頬を染めた。 「だって……黒子っちが唯一持ってる……その、あの」 「えろ本扱いしないでください。あれは春画です」 「……え、……っ!え、えろ本を日本語で言うと春画だって教わったっス」 「誰情報ですかそれ」 すべてはあの本が原因だった。 綴られている浮世絵の色は褪せているが、なぜかいつ見ても活き活きとして見える。当時の活気によるものか、絵の種類が春画という、いつの時代も人の興味と好奇心をそそるものだからか。 黒子が主に読むのは近現代の小説だ。となれば、一つ手前の江戸時代にだって多少興味も沸く。 黄瀬にはえろ本扱いするなと言ったが、まさに春画は文化財であってえろ本ではない――ことはない。立派なえろ本である。多彩な体位の中には、こいのぼりプレイだってあるだろう。 しかし黒子はそれをしたいなどと一瞬だって考えもしなかった。 黒子の部屋でそれを見つけた黄瀬が、震える手と指でそれを指さし、 『い……今まで気付いてあげられなくてごめんね黒子っち!』 と勝手に何かを決心してしまっただけだ。 そして今日黄瀬の部屋に来てみたら、どこから調達したのか、大きな大きなこいのぼりが部屋に広げられていた。 間違いなくおとうさん役の真鯉であろうそれは、ちょっとした敷物サイズだった。男子高校生の平均よりも上回り、筋肉もある黄瀬と、しっかり平均の黒子の身体を入れても多少身動きは取れる。しかし、やはり人が入るものではない。 「黄瀬君、そろそろ息苦しいんですけど」 「うーん、言われてみればそうっスね……あ、オレがこれ持ち上げてたら苦しくない?」 「いえ、普通にここから出れば……」 「あっ、なんかテントみたいになったっス!ほら、こうしたら涼しいし、快適じゃないスか」 目を輝かせた黄瀬が片腕で布を持ち上げ、黒子の身体周りに隙間を作った。確かにぽっかりとした空間ができ、寝袋のようなテントのような状態になった。 黄瀬がこいのぼりの顔の部分をぱたぱたと動かすと、黄瀬の髪も黒子の髪もふよふよと揺れる。少しばかりの涼しい風を口を開いて吸い込むと、本当に鯉になった気分だ。 そろそろ外に出たいとは思うが、室内アウトドアの雰囲気は少し楽しい。こいのぼりを裏から見る機会もまずないだろう。顔を傾けて覗き込むと、白い生地から黒々とした目と、その先の鱗の模様が透けて見える。太陽代わりの蛍光灯の灯りで、こいのぼりの内側は淡く光っていた。 「……気に入った?」 黄瀬がはためかせる布から送られる空気をもう一度息を吸い込んでいると、風に乗るような声のあと、ふいにその動きが止まった。風も止まり、布が身体の上にふわりと落ちてくる。 顔を上げると、ちょうど目元を和らげて近づいてくる黄瀬の唇も落ちてくるところだった。開いたままだった、侵入自由の唇に唇が重なり、続いて柔らかい舌同士も重なる。撫でられるように舌を舐められ、くちゅ、と小さな音を立ててお互いの唾液が混ざり合った。 「……は……」 唇が離れ、その端を黄瀬の指が拭う。拭った側から、また口付けられる。こいのぼりのひんやりとした布地をかいくぐった手のひらが、シャツの裾をたくしあげた。急に滑り込んできた温かい指先に素肌を辿られ、塞がれた口の中でくぐもった声が上がる。身体の線に沿って絡みついてくる布が余計に黄瀬の手の温度を際立たせて、触れられたところからゆっくり溶かされ、力が入らない。 「黄瀬、君」 息継ぎの合い間に名を呼ぶと、なーに?と上機嫌な声が返ってくる。 「……気になることが、あるんですけど」 「んー?」 「このこいのぼりって、」 「ん、待望の男子誕生に喜んだうちの親が気合い入れて買ったんス。うちねーちゃん続きだったっスからねー」 黄瀬の動きに流されかけていた黒子は、その言葉に目をばっちりと見開いた。 (え) ということは、黄瀬のためのこいのぼりなのか。 黄瀬の両親が、待望の男の子を喜んで買った。 さーっと血の気が引くより早く、黒子は黄瀬の肩をつっかえ棒代わりに外へ出ようとした。しかしそれを黄瀬がずるずると引き戻す。 「っ黄瀬君、引っ張らないでください」 「え、なになに黒子っち!せっかくいいとこなのに何で出ようとするんスか!」 「キミも出ますよ!そんな大事なものの中で、あ、だから」 「最近飾ってないっスもん、いいじゃないスか!」 「いいわけないでしょう、こいのぼりは十分堪能しましたから!」 何とか黄瀬を引き剥がそうとするが、そもそも抱き込まれている上、重い布地に覆われていて抜け出せない。少しでも上へ逃れようとすると、黄瀬もこいのぼりもついてくる。これが夜なら完全にホラーだ。 「やだオレまだ堪能してないっス!これから人魚姫プレイもするんスから」 「何増やしてるんですか、しません」 「せっかく出してきたのにー!」 その後十分弱の格闘を経て、こいのぼりと黄瀬の二重の重みで呼吸困難になりかけたところで、黒子は救出された。 昔のこいのぼりは重くなかったのだろうか。それを上回る情熱があったのだろうか。 緩んだ服の胸元を黄瀬にはためかされ、空気を送られながら、黒子は江戸の世に思いを馳せた。 |