黄黒WEB再録書き下ろし「カノープスのひかり」サンプル |
「……眠くなってきたっス」 「寝、たら負けですよ」 「黒子っち、今オレの声で目覚ましたでしょ」 「全然起きてます、この通りです」 部屋の明かりを眩しく感じながら黄瀬の目を見つめると、半ば呆れた視線が返ってきた。しかし彼の目も心なしか虚ろだし、目の下には隈ができている。 今はまだ夕方の五時だけれど、今日は朝七時から勉強している。黄瀬はその前に軽く走りに出ているから、五時過ぎには起きているだろう。昼食後の眠気という最難関の次に超えるべきは、集中力が切れやすいこの時間帯だ。 「問七の答え、はみ出てるっスよ」 「…………」 手元を見れば、はみ出ているし、それ以前に何が書いてあるのか分からない。問五から文字が崩れ始め、六で持ち直したが、七で意識が落ちたらしい。仕方なく問五から解き直す。 「ん」 「……はい」 黄瀬がボトルに入った粒ガムを差し出してくれた。ミントが入っていて、口の中が涼しくなる。黒子は正直苦手であるが、う、と感じることで目が覚める。二人で勉強をするようになってから、好きではないが慣れつつある味だった。黄瀬は二粒まとめて口に放る。 緑のパッケージはいつものデザインに加え、金色のベルとリースが描かれていた。クリスマス仕様なのだろう。そういえばもうすぐだな、と目に触れる度に思うけれどすぐ忘れ、こうしてまた目に留まると、ああクリスマスかと思う。クリスマスだからといって特別浮かれる性格ではないけれど、今年は特に縁遠い。二人の前にはウィンターカップが間近に迫っているが、それだけではない。土日もクリスマスも関係なく、練習の合間に隙を作り、隈を作ってまで勉強しているのは、大学入試もまた間近だからだ。 ―――中略――― 『用意された「いいもの」じゃなくてさ、自分が欲しいもの。オレそういう選び方、あんまりしてないんスよね』 そうだろうなと思う。黄瀬が働きかけなくても、周囲が黄瀬に寄ってくる。そして様々な「いいもの」を彼に提示する。面白いと思えば黄瀬は応える。応えれば、ステージは上がっていく。黄瀬にはそうさせる能力と魅力がある。 『黒子っちは、逆じゃないスか』 はっきり言われて、あまりいい気持ちはしなかった。黄瀬と黒子はそういった意味で真逆だ。今まで生きてきた道が違うのだから、決定基準も違う。ただ黄瀬が貶しているわけではないのは分かるから、面白くない顔をしてみせるくらいで済ませられる。黄瀬はそういう自分を見て、へなりと弱った表情を見せた。 『怒んないでよ、オレ黒子っちのそういうとこ好きなんだから』 『ちょっとむっとしただけで怒ってはいません』 『黒子っち意外とそういうのずっと覚えてんスもん』 『キミがあっさり忘れすぎなんですよ。……それで、キミの欲しいもの、がどうしてボクと同じ大学なんですか』 『黒子っちとバスケできるから』 『…………それだけですか?』 『十分な理由じゃないスか』 『……四年間ですよ、そんな簡単に』 『でも黒子っちもさ、バスケ強そうで、図書館も良さそうだからそこにしたんスよね?』 『はい』 『オレは黒子っちと同じチームでバスケしたいって思うから同じ学校にする。……黒子っちとなんか違う?』 言われて、黒子は珍しく弱った。違うだろう。違うと思う。でもどう違うのかうまく説明できない。自分が当事者だから頭が混乱しているのか、ちょっと違うケースで考えてみよう……、などと熟考に入ろうとした思考は、黄瀬の一言で幕を降ろされた。 『オレは黒子っちのパスで点獲って、チームを優勝させたい』 顔を上げると、黄瀬がこちらを真っ直ぐ見つめていた。 目が合った。それだけで動けなくなった。 笑えば人懐っこく見える瞳は、本当は鋭い眼光を持っている。それを隠す冷静さ。茶化してさえみせる余裕。彼の強さ。 真っ白な、眩しいライトが見えた気がした。選手たちを照らすあの強い光だ。木目のコート、高いゴールを背に、青いユニフォームを着た黄瀬がそこにいる。海常高校バスケットボール部三年、黄瀬涼太だ。 パスが欲しいと、エースの顔で黒子に言う。チームの、優勝のためにと。 『…………負けました』 負けた。そんなことを言われたら、止める言葉なんて出てくるわけがない。 |