シンクロ |
「黒子っち体力なさすぎっスよー」 それが発端だった。今さら腹を立てることでもないけれど、今日は何故だかむっとした。 「体力の問題じゃないです。キミは好き勝手動いてるから分からないでしょうけど」 「あ、何それオレが全然気遣ってないみたいな言い方」 「キミのは方向性がずれてるんで気遣いって言いません」 この辺りから、黄瀬もつられて機嫌が傾いてきた。ベッドの上で、しかも身体を繋げた状態だから、お互いわりと取り繕えない。 「……体力ない言われたくらいで何そんなヘソ曲げてんスか」 「……ボクが腹を立ててるのは二度言うデリカシーのなさですかね」 「オレ黒子っちよりセンサイだと思うんスけど」 「繊細って辞書で引いてから言ってください」 部活が終わってから黄瀬の家にきた自分と、今日は一日休みだった黄瀬の体力の差は、いつもの三倍以上である。自分は練習後だ、と言いたいけれど、練習後だって自分ほどにはバテない黄瀬にそれは言いたくない。それに自分だって黄瀬の気が済むくらい付き合いたいが、本当に付き合ったら翌日は始まる前から終了のお知らせである。 「オレが好き勝手したらね、黒子っちなんかラウンドワンで撃沈っスよ」 「手加減してくれてたんですかそれはどうも。誰も頼んでませんけど」 「あーーそう、へー、そーいうこと言うんスね。……じゃあ分かったっスよ」 わざわざ言わなくても分かることを言ってくるから、余計に捻くれたくなるのだ。その思いを込めて黄瀬を睨んでいると背に腕を回され、繋がったままの身体を抱き起こされた。 「……っ、」 喉から洩れかけた声を、息を止めて何とか塞いだ。指で慣らされ、時間をかけて挿入され、さっきようやく慣れたばかりだ。根元まで深く呑みこむには、まだ少し早い。一呼吸ついてから相手を睨めば、正面の顔も拗ねきった目で自分を見ていた。 「それなら、黒子っちが動いてって言うまで動かないっス」 「……できるんですか、キミの方が」 「言っとくけどね、オレは我慢できないんじゃなくて、我慢してないだけなんスからね」 「…………」 なお悪い、と思うが今状況的に不利なのは黒子の方だ。黙って目だけで非難する。 「黒子っちが我慢できなくなって、オレにお願いしてくれたら動いたげる」 「ボクがすると思いますかそれ」 「言わないならずーっとこのままなだけっスよ。オレの気遣いは見当違いみたいっスから、黒子っちの言うこと聞かないとねー」 拗ねながら怒る黄瀬はちくちくとしつこい。ちょっと捻くれたばかりに面倒なことになった。こうなると黒子の方がどこかで折れない限り、黄瀬の機嫌は直らない。貴重な休日と残り少ない体力を使ってこんなところで我慢比べをするのもどうかと、黒子がやむなく譲歩しかけたときだ。 「『黄瀬君さっきの嘘です大好きです』ってちゅーしてくれたら取り消してもいいっスよ」 「すいませんよく聞こえませんでした」 つい、反射的に違う返事をしていた。 「……泣いてもしんねースからね」 「お構いなく。キミの泣き顔期待してます」 「…………黒子っちが、すげーかわいくない……!」 黄瀬が声を絞り出したのが、勝負開始の合図だった。 よくよく考えれば、黒子は一度熱を放っているが、黒子の中に入りこれからというところで止められ、まだ一度もいっていない黄瀬の方が分が悪い。ならば、自分はその言葉を言わなければいいのだ。というか、言うわけがない。黒子をその気にさせようとあの手この手を使ってくるだろうから、黄瀬の我慢が効かなくなるまで堪えれば済む話だ。 (まあ、そう簡単ではないですけど) ベッドの上で正面から抱き合い、黄瀬の唇と腕が自分を撫で回し始めて、二十分は経った。ベッドサイドの時計は二十三時を回っている。夕食後、二十二時前には黄瀬の部屋に入ったから、一時間以上は黄瀬に触れられていることになる。それだけでも身体は黄瀬に反応しやすいというのに、中に入れられたまま身体に触れられるのが得意ではない黒子にこの二十分は長い。肌に触れる手がいつもより深く潜り込んで、神経に近いすれすれの部分を撫でているような気がする。 黄瀬は言った通り、腰から下をぴたりと動かさなくなった。時々跳ねる自分の脚が、硬い筋肉を覆う整った肌の上を滑る。自分のことを白いだの何だのと黄瀬は言うが、黄瀬の整い方はまるで違う。全身が均質で、上等な布のような肌をしている。中学の頃、部室で見ていただけのときは分からなかった。触れて初めて知ったのだ。だから黒子は黄瀬と肌を合わせると、本当は触れてはいけないものに触れたような、でも肌の熱さは自分を求めていると分かるから、いつもほんの少し眩暈がする。 うなじに手を回して黒子の動きをやんわり固定させた黄瀬は、首筋から顎の裏にかけて唇を這わせていった。喉を舐められながらの呼吸は、息がうまく吸えない。自然と息が上がり、呼吸のたびに不穏な熱が身体の奥へ溜まっていく。 とん、と心臓の辺りに指を置かれ、ぼんやり目を開いた。黄瀬の視線の先に合わせて黒子が顔を下げると、胸の動きに合わせて、長い指が目に見えて上下している。 「いつもより速い」 軽い上目遣いで、意地の悪い笑顔で言うのがにくたらしい。その指をつまんでぎゅうとつねれば、いたーい、と全然痛くなさそうに言って、手を絡めようとしてきた。嫌な予感がして逃れれば特別追われることはなかったが、空いた黄瀬の両手がふわりと、髪の中に差し込まれる。 「……」 髪なんて普段はどう触られたって何も感じないのに、黄瀬の指が髪をかきわけていくだけで、柔らかい羽根で背筋を撫で上げられたような感覚が走る。 (それをするのは、ずるいです) 顔を近づけてくる黄瀬へ、眉を寄せ、顎を引いてあからさまに嫌な顔を向けたのに、彼はそれに抗議の視線を送ってきただけで、ためらうことなく口を塞いできた。何度も唇の境を舐める舌に負け、薄く口を開くと、遠慮なしに入ってくる。舌が絡まると、黄瀬の両手は髪を優しくかき回し始めた。指先に絡ませた髪を軽く引き、離し、また絡め、頭のかたちを確かめるように長い指が動き回る。黄瀬の大きい手の中で頭を弄ばれ、外側から思考を奪われる緊張、それを許す自分に黄瀬が感じている昂ぶり、それらを黄瀬の指が頭の中に混ぜ込んでいく。頭と唇、口の中まで黄瀬の体温に侵されて、ものが考えられない。 唇がそうっと離れたときには、黄瀬の手は自分の背を支えていた。口の端に滲んだ唾液を黄瀬が舐め取っていくのを好きに任せながら、上がった息を整える。黄瀬の視線を浴びるほど感じたが、反応する余裕はなかった。身体の奥ではさっきよりも黄瀬の性器が大きくなったようで、黄瀬の形に広げられた皮膚がもう異物を追い出し、収縮したいと訴える。間違っても力を入れないよう、外へ外へ意識も力も逃していく。 黒子っち、と呼ぶ声に素直に顔を上げた。黄瀬が頬に手を添えながら、もう、と口を尖らせる。 「半分とんでるでしょ、ずるいっスよ」 「……とんでません」 「うーそ、目とろとろだし、息の仕方がやらしーもん。それに」 「……?」 目を細め、どこか獣のような光を走らせたかと思うと、黄瀬は耳元に唇を寄せた。潜めた声が、余裕のない熱い息とともに吐き出される。 「中、すごい熱い」 オレと一緒にいっちゃうときみたい。 「――っ」 言われ、カッと顔が熱くなり、離れようとした身体を逆に引き寄せられた。動けないよう抱きしめられ、首筋に押し当てられた唇に強く吸われる。 「あ、あ 」 力を入れないよう堪えていた内側がきつく締まり、閉じたくても閉じられない入り口の皮膚が黄瀬のものに食い込む。無理に入れられたような感覚に、堪え切れなくなって腰を浮かせた。しかし、黄瀬が逃がしてくれるわけはない。 「まだ、言わないんスか?」 「――ん、あ、っん」 今までの反動か、内壁が痙攣を起こしたように締め付けを繰り返す。しかし身体がいくら望んでも柔らかい粘膜は黄瀬に絡みつくだけで、それを締め出すことなど到底できない。観念して黄瀬にしがみつけば浮いた身体を沈められ、容赦なく奥を割り開いたそれは再び黒子の中を満たした。自分のものと思えない高い声が、弱弱しく響く。 「…………深いの、気持ちいっスね」 黒子がこれ以上身体を揺らさないようにじっと堪えているのに、黄瀬はここぞとばかりに色気のある息を漏らす。オレこのままでも出ちゃうかも、と自分一人で抜けようとするので睨みつければ、余裕のある声と裏腹に、うっすら汗を浮かべた顔は十分切羽詰まっていた。 「睨んでもだめっスよ。動いてってお願いして」 「……ぜったい、やです」 「……強情っスね」 こんななってるのに、と、とっくにたちあがっていた性器に黄瀬が触れた。 分かっては、いた。入れられて、身体に触れられて、今それに触られたらどうなるか、想像できないわけじゃなかった。でも思っていたよりずっと、黄瀬の触れ方は柔らかくて。 「……ぁ……」 指先の丸みに先端の割れ目をくすぐられ、動きに抗えず液体がとろとろと溢れた。前と後ろを両方焦らされて、背に力が入らず、身体を起こしていられない。黄瀬が胸に寄りかからせくれるが、腕で支えられなければすぐにも倒れそうだった。 「……黒子っち、いきたいでしょ?」 なら言って、と言外にほのめかす声に、首を横に振った。何のためにここまで意地を張っているのか最早分からなかったが、一つでも黄瀬の誘う方に傾いたら、多分そこから黄瀬の思うままに運ばれる。それで「お願い」なんてさせられたら自分の意志薄弱を呪う。我慢強さで黄瀬に負けるわけにはいかない。 でも。 開かない口の代わりに、身体は勝手に黄瀬にひっつき訴える。 仕方ないっスね、とこの辺でもう言ってほしい。 「……意地っ張り」 ぼそ、と黄瀬が呟いた。拗ねた声に、黒子は黄瀬が折れてくれるものと期待した。しかし。 「でも今日は折れないっスからね」 今日に限って黄瀬も現実も甘くなかった。 「……」 「……なんで『なんで』って顔すんの」 ちょっと嬉しいけど、だめ。 髪を撫でたあと、黄瀬は変な顔で横を向いた。 「オレ支えないから黒子っちがちゃんとつかまってて」 「……――なっ」 一瞬呆然とした以外黒子は言い返す余裕もなかった。黄瀬の手が、性器の根元を掴んでいる。その意味が分かったときは、ほとんどパニックだった。 ――それは自分が達することができない行為だ。 「ぁ、や、やだ、」 「じゃあ言って?たった一言じゃないスか」 「言わないって、言ってるじゃ……っ」 「……『黄瀬君大好き』にまけてあげても?」 それこそ何で無理矢理みたいに言わされなければならないのだ。断固拒否の意を顔全体で表明すると、黄瀬も鏡のように同じ顔になった。 「……黒子っちさ、なんでオレが両手空けたか分かってる?」 「……?……っ、ひ、あ、――――」 ちゃんとつかまって、と言われた腕を突っ張り、黄瀬を突き放したかったができるわけがなかった。根元を掴む手のもう一方が、立ち上がっている茎から先端へ、絞り上げるようにして擦り上げた。柔らかい皮膚などないも同然のように、音が立つような強さで芯に直接刺激を与える。 あ、あ、とまるで達しているかのような声が止まらない。黄瀬に掴まっていても身体は跳ねたし、腰が揺れた。さっきのような焦らされ方とは違う。確実に上りつめさせられているのに、肝心な場所を抑えられて、いきたくても”絶対に”いけない。 「はな……っ、手、きせく、きせくん、や、あ……」 黄瀬の手がなかったらとっくに達している。こんなことはされたことがない。こんなにいやだ、と言って黄瀬が聞いてくれなかったこともなかったし、それより、こんなにいやだと言うようなことをされたことがなかった。 「動いてって言って」 「……っふ、」 泣きながら首を振るほど嫌がることだろうか。自分でも思ったが言いたくない。黄瀬も同じらしい。声が半分呆れている。 「なんでそんなヤなんスか」 言ったら負けたみたいだからだ。それ以外の理由なんかない。 解放できない熱が体中を巡る。声が止まらなくて喉が渇いて苦しい。何もかもの抑えが効かなくて、がり、と黄瀬の背に爪を立てた。 「……っ」 指先に走ったその感覚に驚いて手を離したら、一瞬だけ手を空けた黄瀬が、肌を傷つけた指先を握りこんだ。平気、と言って唇を軽く触れ合わせる。声も、目の色も、安心させるように優しい。でも、根元を掴む手は離してくれない。 ――いきたい。 考えられるのはそれだけだった。身体が熱の塊のようになって、もう声も出ない。内側にばかり向かう熱を、外に解放したい。 余計苦しくなると分かっていても、身体が勝手に動くのを止められなかった。立てた脚で黄瀬の腰を強く挟み、身体の内側を思いきり絞り込む。 「っ、ちょ、黒子っち、」 きつい、と衝動をかみ殺したような声が、遠くに聞こえた。耳の奥に快楽という快楽が全部集まって、外の音が全部聞こえなくなった。自分がどうなるのか分からないのが怖い。 「……せ、く」 「…………」 返事があったかどうかは分からない。が、僅かな間のあと黄瀬の指が、ぐっと性器を握りこんだ。 引き金になったのは、痛みなのか恐怖なのか快楽なのか。 「――――」 大きく背が反って、息が止まった。絶頂感が止まらず跳ね続けた身体は、そのまま、大丈夫っスよ、とめないで、と囁き続けた黄瀬の腕の中で次第に落ち着いていった。飲み込まれそうだった意識が、ゆっくりと肩を叩くリズムでようやく自分の元に戻ってくる。 「……黒子っち、大丈夫?」 「…………」 何が起きたのかも、今何を聞かれているのかもよく分からなかった。 「く、黒子っち?意識ある?」 「……はい」 どうやら安心したらしい。は、と彼が息を吐くと、身体の中に緩い波が起こる。見れば、自分の性器はまだたちあがったままだった。いったはずなのに、どうしていってないのだろう。 「あー……、あのね」 「……?」 「オレも初めてで、ちょっとびっくりしたんスけど、黒子っち」 ドライでいっちゃった。 意味が分からず目で問い返すと、黄瀬は言葉に詰まった。そんなつもりなかったんスけど、もしかしてって思ったら、もしかしちゃった。そうぼそぼそ続けたが、やはり意味が分からない。 「……どら」 「いいい言わないでいいっス」 「……なに……?」 「あ、ちょっと、ここで素になるのだめ、かわいすぎてオレが無理」 「……」 「あとで、明日教えるから黒子っち、その純粋な目やめて」 「きせくん」 「あああマジで無理っスごめん」 ゆっくりするから、目閉じて。 慌てふためく黄瀬の言う通りに瞼を降ろすと、ベッドに身体を横たえられた。腰をゆっくり回され、熱がまた戻ってくるが、「お願い」はしないで済んだのらしい。手の戒めは解かれたし、黄瀬はいつも通り黒子のペースに合わせて揺らしてくれている。 「……きせくん、」 「ん?」 「……ボク、勝ちました……?」 ぽかんとした黄瀬はしばらくすると、へにゃりと眉を下げて笑った。あーもー、と言いながらめちゃくちゃになったのだろう髪を梳いてくる。 「うん、黒子っちの勝ちっスよ」 「なんでわらうんですか」 「かなわないなあって」 少しも悔しがってくれないのがやや不服だったけれど、目を細めて、幸せそうにする黄瀬の顔を見ていたら、不服も楽しいものに変わってきた。せっかく勝ったのに勝負の発端も今いち思い出せないけれど、それも構わない。ちゅ、と合わせてくる唇は機嫌がいい。 黄瀬がそうして笑ってくれるならば、黒子の機嫌だってころっと直るのだ。 |