じゃあ、そういう感じで
 黒子と黄瀬は付き合っているが、お互いバレンタインにチョコを贈る習慣はない。
 男同士だし、黄瀬はチョコレートはもらうものだと根っから思っているし、黒子は自分がチョコを贈ることなど考えたことがなかったからだ。だから黄瀬も、黒子からチョコは貰えないと分かっている。それでも彼はこういうイベントを外そうとしない。

 今日はバレンタインだ。
 バレンタインだから来るか、だから来られないか、待つでもなく一応意識だけはしていると、予想通りメールが来た。練習を終え、部室を出ようとしたときだ。

『あとちょっとで着くから待ってて』

 本文はそれだけだった。どうやら相当急いでいるらしい。
 待つのは構わないが、外は寒い。もうほとんどの生徒は帰っている時間だから、校舎内で待ち合わせをしても平気だろう。下駄箱のところにいますと返信し、本を片手に黄瀬を待つ。
 オマエらって付き合ってんだな、と火神は今さらのようにしみじみと言った。そうですけど、と黒子も答え、他の部員ともその場で別れた。

 息を切らせてやってきた黄瀬の荷物は意外にも、スポーツバッグ一つだった。一度家に帰って、置いてきたそうだ。そのまま帰ればいいのに、と他意なく黒子は思うがさすがに口にはしない。練習後に家に寄り、駅からこうして走って来る黄瀬の体力は、悔しいが怖ろしい。

 お互いの学校のバレンタイン事情などを他人事のように話しながら、帰り道を行く。
 黄瀬の華々しい成果は毎年のことで、黒子もよく知っているからさほど話題にはしない。笠松がチョコを受け取ったときの顔はどうだったとか、伊月が貰ったチョコを積んではダジャレを閃かせ続けていることとか、そんな話になる。
 そうしてそのまま駅に行って、気が向けばマジバーガーにでも寄って、いつも通り帰る。
 普段、都合がついたときに会いに来るのはさほど無理もないのだろうが、忙しいときにバレンタインだからと言って、頑張って来るほどのことはない、と黒子は思う。
 しかし黄瀬は、誰のチョコがどうだこうだ、という話を楽しそうにするし、黒子からも聞く。単純に、バレンタインに一緒にいられるのが嬉しいらしい。

 黒子の鞄には、リコ特製の爆弾的チョコレートが入っている。かつての桃井チョコで黄瀬も慣れているだろうが、一口どうですかと言うのも躊躇われる不思議な造形だった。第一、貰ったものを人にあげるということがあまり好きではない。
 そしてやはり、チョコを交換しようという気にはお互いならないのだ。

 駅までの道を半分ほど来たところで、黄瀬が立ち止まった。
 自販機を指差し、黒子をその場に残して、手にした缶を耳の横で振りながら戻ってくる。
 楽しげに渡されたのは、小さな濃い茶色の缶だった。ホットチョコレートだ。
 どーぞ、と言うので礼を言ってプルトップを押し上げた。湯気と一緒にチョコレートの香りが立ち上る。甘さと温かさが染みてきて、寒さに強張っていた身体の力が緩んだ。おいしい。
 口の端を緩く上げ、自分の様子を眺めている黄瀬にそれを渡す。彼は一口飲んで、笑いながら眉を寄せるという器用な表情をし、んんーと唸った。甘いらしい。やっぱりあげる、と返ってくる。
 黒子の方は気に入って、ゆっくりそれを飲み干した。
 温かいお飲み物、として自販機から出てくるときはあんなに熱いのに、空になると缶はすぐ冷たくなる。軽くなった缶を口元に当てながらそんなことを考えていると、黄瀬にその手を取られた。そっと缶をよけられ、軽く唇が押し当てられる。舌の表面と唇の裏側を優しく舐めて、最後にもう一度唇に触れ、黄瀬は離れた。何も言わないが満足そうだ。
 黒子は溜息を吐きつつも、まあいいかと、お咎めなしとした。

(じゃあ、そういう感じで)

 ただ一緒に帰るだけで、何か用意したり特別なことをしたりもしない。
 けれど収まりのいい過ごし方を見つければ、二人にとってもやっぱり今日は、バレンタインなのだった。