アホの王子様 | |
昼間、サンジ君手紙来てるわよ、とナミが呼んだ。 「俺に?」 「二つ来てるみたい。手紙と小包」 小包には、アラバスタの紋章が押されていた。 「あ、ビビちゃんからだ」 「えー!ビビー!?」 「ずりーサンジ!」 皆が覗き込む中、厳重な包みを開けてみると、瓶がいくつか入っていた。 「瓶・・・?」 「――スパイスだ。うわすげえレシピまであるじゃねェか」 同封されていた手紙を開くと、ビビからの手紙だった。 ――お誕生日おめでとうサンジさん――― サンジ誕生日なのか!と船長が声を上げた。 「あー・・・そーいやそうだったな。今思い出した」 「えー!何でもっと早く言わねェんだよ!」 「いや忘れてたんだよ。つーかカレンダー、テメェが海落として無ェだろ船長」 「やーそれにしても会いたいなービビ」 サンジへの祝いの言葉の後には、自分の近況やスパイスについて、アラバスタ国が目覚しい復興を遂げている事、などが綴られており、数枚にわたる手紙はナミによって読み上げられた。 もう一通はバラティエからだった。 ビビのものと違って短い文面らしく、一枚の便箋だけのようだった。 何て書いてあるんだと覗きたがる連中を、テメェらあっち行ってろと押し退け、サンジは手紙を持ってキッチンに一人で篭もった。 ゾロがラウンジの横を通った時に窓からちらりと見えた顔は半分以上前髪に隠れていたが、その口元が緩んでいるのだけが一瞬見え。数分後、あれだけの手紙にしては長い時間が経った後にラウンジから出てきた彼は、いつも通り不遜な顔をして夕食の材料を選び始めた。 海賊に歳も何もあったものではないが、何かあればすぐ宴に持ち込む生き物である。 夕方から始まった宴は日が暮れ、星の位置がずいぶん変わった事に気付くくらいになっても続いた。 酒が入るにつれ盛り上がり、その矛先は主役に向かい、それはちょっとやり過ぎなんじゃないかと思う程に皆がワインを頭から浴びせ、髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。 海の上でプレゼントなど無かったが、ナミとロビンにキスされ、男連中には頭を撫でられ構い倒され、髪も服もよれよれで真っ赤に染まったサンジは、嬉しそうで、頬を抓られ鼻を摘まれ、何をされても豪快に笑い転げていた。 やがてウソップが、倉庫の宝箱から安そうな王冠を出してきて、何やら大仰な事を言いながら厳かにサンジにかぶせた。 馬鹿はいたくお気に召したようで、テメェら俺の事プリンスって呼べ、と言い出し、船長以下年少組は、プリンスお似合いです!ぷりんす!とはしゃぎ、馬鹿をますますつけ上がらせた。 酒臭いプリンスは一人平和に飲んでいたゾロの許までフラフラやって来ると。 「どーだ。似合うだろ」 ちょっと斜めだ、と思ったが頷いてやった。 顎を上げて腰に手を当て、確かに世界中の王子という王子より無意味に偉そうである。 「そーかそーかそーだよな」 満足気に何度も頷く。普段は取り合わないゾロに褒められて嬉しいらしい。 「今日俺王子様だから、お前マリモな」 「何だそりゃ」 「王子様の下僕」 「・・・」 無視すると怒りそうなので、ふーん、と無難に相槌を打った。 サンジは、今日お前俺の下僕な、ともう一度確認すると早速命令してきた。 「マリモ、お手」 「・・・」 こういう王子には臣下として何か言うべきじゃねェのか。お戯れを、とか何とか。 とゾロが思っていると 「してやれよゾロー」 「そうよーサンジ君ご主人様なんだからー」 「・・・」 しょうがないので、お手、と出された手にポンと自分の手を重ねると、周りから笑いが沸き起こった。相当酔っている。 あーやだな。こいつら片付けんの俺かよ。 嫌だ嫌だ、と年寄りのように顔を顰めながら、ギューッと酒を飲んでついでにサンジの手を握ってみる。手はサッと引っ込められ、マリモが王子様にセクハラすんじゃねェ!と蹴られてまたうははははと笑い出した。酔っ払いルールはいつでも理不尽だ。誕生日は特に。 宴が終わった後、かろうじて呂律がしっかりしているサンジはゾロをキッチンまで引っ張ってきた。 無理矢理椅子に座らされ、料理でもする気かと思うと棚の酒を物色し始めた。 あ、あったあった、と一本手にして戻ってくるとゾロの隣に腰を下ろす。 「隣に座るな」 「まーいいからいいから」 サンジは足を組み、ゾロの肩に肘を乗せると偉そうにボトルとグラスを差し出した。 「注げ」 「・・・」 黙って注いでやると、一気にきゅーーっと飲み干す。 普段ゾロがそうやって飲むと怒りまくるような高い酒だ。 「もう一杯注げ」 「お前もう飲まない方がいいんじゃねェのか」 「マリモが主人に逆らうな」 「・・・」 もうこの酔っ払いはさっさとつぶしちまった方がいいだろうかと思案しながら注ぐと、今度はもう一つグラスを出してくる。 「何だ」 「これはお前の分だ」 注ぐと、グラスを渡された。 持つと、カチン、どころかガチャン!とグラスをぶつけられる。 「カンパーイ!」 「・・・」 「黙るなよ」 飲めマリモ、と言われたので飲む。 サンジも満足そうに飲み干すと、唇の端からこぼれた酒をペロリと舐めた。 「なあマリモ」 「今度は何だ」 「抱いて」 引き寄せた体は酒の匂いがした。 彼が満足のいくまで抱いた後、ゾロは立ち上がり、壁のランプの光量をぎりぎりまで絞った。 暗くなったキッチンに、湿った背中が浮かび上がって見えた。 常備してある毛布を広げて上に落とすと、酔死体のようなものがぴくりと動いて顔を上げた。 「・・・まりも」 「マリモじゃねェ」 ゾロだ、と言うと、サンジはわざわざ時計を取り出して、ほんとだ、と呟いた。 「ゾロ」 「おう」 「俺は大変気分がいい」 「そりゃよかったな」 そりゃそうだろう。普段サービスに回ってるだけこういうのが好きそうだ。祝われ、褒められて頭を撫でられるとチョッパー並に喜ぶ人間だろう。 ワインを浴び、ぐしゃぐしゃの頭で王冠をかぶって笑っていた姿を思い出す。 サンジは唇をアヒルのように尖らすと、ん、とゾロの方に突き出した。 「・・・」 何だかなと思いながら唇をつけると、サンジは動物のように舌を出し、ぺろりとゾロの唇を舐めた。 ゾロも舌を出し、そのまま少し絡めてから離す。 「――何て書いてあったんだよ」 「ん?」 「手紙」 「・・・あー・・・・・・色々・・・」 「嘘つけ、そんな長い手紙でも無かっただろうが」 「――うるせェな。大した事じゃねェよ」 サンジは不機嫌そうにそっぽを向いた。 何となくいじめてやりたくて、その横顔に追い討ちをかける。 「テメェ本当はあのおっさんからの手紙が一番嬉しかったんだろ」 「ああ?んな訳ねェだろ」 実際には彼の育ての親からではなく、バラティエから来た手紙らしいが。 同じ海の上でも、自分達は彼の近くに居る。 だから例え彼が正直に言ったところで妬きはしないのにと思った。 「ナミさんとロビンちゃんのチューとビビちゃんからの手紙が一番だ」 「あーそうかい」 「あと、」 クソゴムとチョッパーと鼻もまあ、と目を閉じてぼそぼそと眠たげな声で付け足す。 「俺はねェのかよ」 ゾロが訊くと、サンジは嫌そうに顔を顰めた。 「・・・テメェのチンコなら毎日貰ってる」 「チンコじゃねェよ」 「じゃあ何だ」 返事をせずに抱き締めた。 サンジは黙って、一度だけゾロの首筋に鼻を擦りつけると体の力を抜いた。 暫らく二人、身じろぎもせずにそうしていた。 ワインに染まってぐしゃぐしゃに絡まった金髪は、安物の王冠などかぶらなくても、彼を讃える冠だ。 「お前これから毎日俺の下僕やれよ」 「馬鹿」 これですよ!こんなお話が読めるなんてサン誕万歳ですよ! サンジがみんなに祝われてて、ひたすら笑ってるような話が読みたい、という私の3月2日の想いなど遥かに超えた、どこもかしこもつぼだらけのお話。 サンジがもー嬉しそうで嬉しそうで、読んでる私はもっと嬉しい!でもってゾロがー! このゾロの間というか距離感というか。大好きで す! 安芸さんありがとうございました! |
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