クリスマスの変身手袋
 
 休みなく降り続いていた雪が止んだある晩、ノースディンの屋敷に二つの荷物が届けられた。どちらもとても軽く、一つにはノースディンへ、もう一つにはドラルクへ、と手書きで受け取り主が書いてある。
 ありがとう、お茶でもいかがかな、と寒い最中の配達係に声をかけたが、二匹のアルマジロはムームーと手を振って、雪の積もった地面で遊ぶように転がりながら去ってしまった。
 送り主を確認するまでもなかったが箱の裏を見てみると、真祖だけでなく、ドラウス夫妻三人の連名であった。ふむ、と顎に手を当てる。届け物なら一つの箱で良いものを。
 しかし気にするほどのことでもないかと一つは居室に置き、弟子宛の箱だけを持って勉強部屋へ向かう。小一時間前から課題を始めさせていたから、そろそろ休憩の時間だ。しかし部屋に到着する前から、廊下を走る軽い音が聞こえてきた。はあ、とこめかみに手を当てて待っていると、案の定弟子の姿が階段の上から現れた。
「お前な、まだ休憩とは――」
「アーやっぱり届いた! アルマと次郎からだったでしょ!」
「……そうだが、心当たりがあるのか?」
 ンフフ、と細められた目に、上がった両端の口角。座学開始時とは正反対の顔をして、こちらまで小走りでやってくる。
「今年はお願いしておいたんですよ、プレゼント」
「まさかクリスマスじゃないだろうな」
「クリスマス以外何があるっていうんですか。これだからお祭の心得がないヒゲヒゲは」
 クリスマスのどこに祝う要素があるというのか。ノースディンにはまったく理解不能だが、両親祖父とも人間贔屓の上、ドラルクがねだれば厭うどころか大喜びで用意したのだろう。
 まあいい、と箱を渡すと、いっひっひ、と弟子は妙な笑みを浮かべた。さあこれから悪戯を仕掛けますよ、という顔だが、さすがにそれを相手の目の前で浮かべはしないはずだ。
「その笑いは何なんだ」
「ドラちゃんの読みではこれはヒゲにも効果ありだと」
「何だそれは……コラ行儀が悪い」
「いいからいいから」
 廊下で立ったまま開封しようとするドラルクに注意しても右から左だ。いそいそと箱を包む布の結び目を解き、紙の蓋を開けた。
 何をリクエストしたのかと、そこは少々の興味を持って共に覗くと、現れたのは一対の手袋だった。指は分かれていない、ミトン型のものである。しかし。
「……お前には大きくないか?」
 サイズを間違えたとは考えにくい。一緒に暮らしていないとはいえドラウスはやって来るし、大きさは確認して用意するだろう。それに皮は柔らかそうだが素材は厚く、普段のドラルクの服装や雰囲気とは向きが異なる。
「フッフッフ、ただの手袋だと思います?」
 送り主を見ておいてそれは甘いのでは? とドラルクはこちらを見上げ笑いながら手袋を手に取った。ひく、と自分の頬が引き攣ったのが分かる。ドラウスはともかく、ミラと真祖だ。ノースディンが本気で困るプレゼントはいかにドラルクの頼みでも寄越しはしないだろうが、何せ読めない。ついでに言うならば真祖作の愉快なおもちゃシリーズが大人しかった試しはない。
「さあ……この……手袋を嵌めると……」
 ぶかぶかの手袋を嵌めたドラルクが、両手を掲げてノースディンににじり寄る。怪力系か、介入系か。前者はドラルクが塵になるだろうが、それを真祖の力で補っているかもしれない。
 ――どちらでも構わないが、それより。
「アッ」
「そういう動きは相手を見てやるように」
 人差し指を軽く上に動かして、念動力でドラルクの手に嵌まった手袋を数センチずらす。
「今畏怖いとこだったのに!」
「いいから何かするなら見せてみろ」
「イーせっかち! ふふ……でもここで会ったが真の畏怖! とくと見さらせ!」
 そんな台詞回しの本は蔵書にない。それで結局何が出るんだ、と念のため自分の能力のコントロールだけは注意しつつ、さぞ畏怖かろうというポーズを取る弟子を見つめる。
 いつものマントにぶかぶかの手袋を嵌めたドラルクは、ノースディンに向けていた両手をひらりと動かした。一瞬身構えたがしかし、動きは急に勢いを落とし、手は胸の前で組み合わされる。神に祈る仕草に近いが違う。左右の人差し指が立てられ、上を指しているのだ。
「ニンニン」
 ――??
 何のまじないなんだ、ニンニンとは何だ、と手袋を突きつけられたときより大きな困惑に襲われるが表情に出さず見守っていると、ムムム、とドラルクは唸り、ついにポン! とじゃがいもほどの煙が出た。
「っ」
 謎の呪文に動揺していたせいで焦りが生まれた。煙とともに弟子の姿が消え、左右へ視線を巡らす。
「ドラ――」
「ニァ」
「?!」
 ハ? と足元から聞こえた鳴き声に下を向くと、そこには一匹の黒猫がいた。首には細い赤いリボンと、小さな金の鈴がついている。
「……ドラルクか?」
 ニャア! と猫が元気に鳴く。首の鈴に気付くと取ろうとする動きをしたが、丸い手ではチリチリと音を鳴らすだけだ。取れないと分かると、ビシビシと尾で自分の脚を叩いてくる。ノースディンがつけたわけではないのにこの八つ当たり、まさしく我が弟子である。
 それを数回繰り返すと、今度は廊下を力いっぱい駆けて飛び上がり、飾り棚のてっぺんから自分を見下ろした。ニャアニャアと何やら言っているのは一つも分からないが、自分を見下ろして気分がいいとかそんなところだろう。それも気が済むとまたどこかへ走っていく。
 動きの目まぐるしさにしばし唖然とし、見失うわけにいかないと気付いてハっとしたが、鈴の音は姿が見えなくても耳に届いた。
 ――せめてもの配慮か。
 人間の姿だって、あの弟子は少しもじっとしていない。すぐ死んでしまうのだから慎重に動けばいいものを、ちょこまかと動いては何かにぶつかる。しかし猫に変身したドラルクに、いつもの体質は出ていないようだった。廊下の端から端、階段から棚から、細い身体をするりと滑らせ、ぴょいと飛んではまた走る。鈴がなければ一分で見失うだろう。
 ――確かにプレゼントだな。
 自由に存分に走り回る猫は間違いなく楽しそうで、勝手に離れるくせにノースディンの姿がしばらく見えないと遠くでニャーと鳴く。
 どこまで自由なんだあの子供は、と苦笑しながら、鈴の音と声のする方へ歩きだした。





 ざっと一時間強、猫になり全力で遊びまわっていたドラルクを腕に抱えたノースディンは、ソファにぐったりと座り込んでいた。
 運動場兼遊戯場と化した屋敷を駆け抜けるドラルクについていくことは早々に諦め、家屋その他の被害も目を瞑ろうとしたが、ドラルクの方が鳴いて呼ぶ。爪にマフラーの端が引っかかったとか、引きずり落としたノースディンのマントに埋もれて出られないとか。
 いかに自業自得であろうとも、必要性のあることはやむを得ない。が、大体はここのドアを開けろとか、足の裏が濡れたとかで、中でもノースディンの頭を悩ませるのはドラルクが披露してくる謎の一芸だった。自分が寸評を行わない限りそこから動かないのだが、毎回アピールポイントが分からない。
 ――言葉が分かればまだ……いや、分からんな。
 靴箱を開けろと言うから開けてやれば、そこから長靴を頭突きで出そうとする。明らかに無理なのでノースディンが手伝う。長靴を履こうとして前足を出し、前のめりになった途端頭から落ちる。ご不満な猫を引っ張り上げ、片手に乗せて履いた風なポーズを取らせる。今度はご満悦な猫が話しかけてくる。これにどう返事をしたらいいというのか。
 またしばらく鈴の音がしなくなったと思えば半地下のセラーから鳴き声がし、行けば血液ボトルの隙間に潜り込んで、コルクとコルクの間から顔を出していた。軽く寿命が縮んだし、何がしたいんだお前は、でいっぱいの思考の中から、これもコメントをしなければならない。
 結局、色彩に統一感があって良いだとか、刺激的な隠れ方だとか、何とか褒め言葉を捻り出したのだが、どれもお気に召さないらしい。ノースディンの顔を見て片耳をピンと跳ねさせると、また別の場所に向かってしまう。
 そんなことを繰り返し、ようやく先ほど壁と額縁の隙間で欠伸をしていたドラルクをむんずと捕まえて、今ソファに座ることができたというわけだ。飛んで追おうにも屋敷の中では飛びにくく、念動力でドラルクを捕まえるのは「プレゼント」を無下にするようで躊躇われた。おかげで久方ぶりの息切れだ。

 はー……と深々息を吐き出していると、腕の中のドラルクが身じろぎし、くあ、と大きく口を開けた。
「起きたのか」
 ノースディンに捕まった猫は、この十分ほど腕の中で眠っていた。死なずにあれだけ走り回れるだけでも普段と真逆の身体能力である。手袋の効力が解けるまでこれなのか……?と些か不安に思っていたが、疲れもするし眠るようで安心したのだ。こちらにも休憩がほしい。
 駆け回ることには満足したのか、ドラルクは腕からするりと抜け出したが、部屋から出る様子はない。窓に近寄り、空を見上げるとこちらを振り向き、ニャア、と自分を呼んだ。
「ああ、また降ってきたのか」
 ガラスの曇りを軽く拭い、窓辺で揃って夜空を見上げる。次々と落ちてくる雪はどれも大きく、濃紺の空は白の雪模様に変わっていた。地面を覆う白はまた新たな雪をまぶされ、溶ける気配も覆い隠されている。
「そこは冷えるだろう、今暖炉に薪を足すから……、何だ」
 ととと、と軽い足取りで自分の前を過ぎた猫は扉の前で立ち止まった。伝わらないと分かっているだろうに、ニャアニャアと何か言っている。
「あのな、お前は私の言葉が分かるんだろうが、私はさっぱりなんだぞ」
 申し立てると、猫は「ふう」とでも言いたげに目を細め、足元へ戻ってきた。スラックスの裾を噛み、扉の方へと引く。
「……外に出ようと言うのか?」
 裾を咥えたまま、フンフンと頷く。
「雪だぞ? お前外の寒さで」
 言いかけ、今なら死なないのか、と言葉を止めた。口を離し、尾をゆらゆら揺らした猫が、フフンと笑ったような表情を浮かべる。

 いいか、絶対に見えないところに行くなよ、と念を押し押し玄関へ向かう。鈴はついているし念動力はあるが、屋敷の中とは話が違う。分かっているのかいないのか、楽しげに自分の足にまとわりついているドラルクの返事だけはいい。
 扉を開けると、外は青白く静かな雪月夜だった。風もなく、雪はただ重たげに真っ直ぐ落ちて、庭はもちろん屋敷を囲う門の先も、遠くの木々や塔の尖端もすべてが白に覆われていた。アルマジロの足跡も消えかけている。
 外気の冷たさにドラルクは一瞬黒い毛皮を逆立てたが、そろそろと庇の外まで進んで白い地面に前足を下ろした。積もったばかりの柔らかい雪が、丸い山型に沈む。
「……ニ」
 雪に沈んだ前足が、ス……と後ろへ引っ込められた。もう一度試そうとしてやはり止め、隣に立つ自分を見上げる。いつもより開いた高低差を挟んで視線がかち合う。
 ドラルクは何も言わず顔を斜め下に向け、毛並みを整えるふりをして足についた雪を払った。それからしれっと両前足を順々にノースディンの脚に押しつけ、よじ登らんとする構えを見せる。しかしそれ以上は動かず、赤い瞳でこちらを見つめ、この姿になってから一番の甘えた声で鳴いた。
「ニャアン」
「……」
 フー……と一度眉間を押さえ、ノースディンは白旗とともに猫を抱き上げた。私かわいいでしょピスピスが黒猫の向こうに見えたのに、ものの十秒で負けた。かつてこの動きをしたことがあるなと、まだドラルクが歩くことも覚束なかった頃を思い出す。
 猫をマントの内側にしまい、合わせ目から顔だけ出させる。念のため掴んで出たマフラーで、体を外からも包む。雪を踏んだ肉球が冷えている気がして気休めに手も当てる。
 ――まったく。
 甘いのだ。この子供の周りは誰も彼も自分も。自分のクラバットは猫の枕になるために身につけているわけではないし、二本の腕は地面ではない。思いきりよく伸びをするな、落ちる可能性を考えろ、と言いたいのに突っ張る猫の脚と胴体を支え、その上自ら抱き直してしまう。
 それらを当然の顔で受け止めるドラルクは収まりのいい位置と体勢を定めると、こちらを見てまた一つ鳴いた。
「今度は何だ」
 返事があっても分からないのに問う自分も自分だ。マントから少し首を伸ばしたドラルクは、雪の匂いを確かめるように鼻先を上へ向けた。ピンク色の鼻が小さく動く。
「まだ見るのか?」
 短く鳴いたのは肯定だろう。自分たちの周辺にだけ軽く結界を張って、庭先に立つ。寒さは変わらないが、これで身体に雪が積もることはない。
 ドラルクは空を見上げ、遠くの森を見つめ、結界を避けて落ちる雪の動きを追い、そのたびに猫の言葉で話しかけてくる。ノースディンの返事は主に、ああ、そうだな、分からん、寒くないか、の四種類だが、それでも構わないようだった。会話としてはいつもの姿より穏やかでさえある。
 ――随分久しく感じるな。
 こんな風に静かに景色を見るなど、この屋敷にドラルクが来てからあっただろうか。お互いに一言も二言も多いのだ。自分のそれは意図的だが。
 ――たまには悪くない。が。
 やはり何と言っているのか知りたいと思う。減らず口ばかりでも、ヒゲだのなんだのばかりで師匠と呼ぶのが十回に一回でも。
 三角耳のついた丸い後頭部を指で撫でると、ドラルクが振り向いた。二度ほど鳴くと、謎の一芸を披露したときのように、自分の返事を待っている。しかし分からないものは仕方ない。薄い耳の付け根を親指の腹で擦るように撫でる。気持ち良さげに目を細めた猫はくるりと半回転し、ノースディンの方へ向いて丸くなった。
「戻るか」
 返事の代わりに欠伸を寄越す猫に苦笑する。人を振り回しておいてマイペース極まりない。
 柔らかな毛並みに手を当てながら歩きだす。いつもより高い体温で腕も手のひらも温かい。

 やはり寒いものは寒かったらしい。ドラルクは部屋に入るなり暖炉の前を陣取って、小さな口を大きく開けて何度も欠伸を繰り返していた。そのまま眠るかと思いきや、ちょうどミルクが温まる頃、ニャアと鳴いて自分を呼んだ。
 ――少し掴んできたな。
 自分を呼ぶときの鳴き方が分かるようになってきた。独り言より、話しかけるときより、声がはっきりしていて短い。
 猫の隣で片膝立ちになるとドラルクは自分の脚に飛び乗り、テーブルの上を視線で差しながら何か言う。
「あれか? そういえば私宛にも届いたな」
 立ち上がろうとしても降りない猫を片腕に抱き、テーブルセットの椅子に腰を下ろす。ドラルクは器用にも動く腕の上でバランスを取って、開封されゆく箱を見つめている。
「……これもお前宛の間違いじゃないのか?」
 箱の中身は青みがかった黒色の、毛皮のイヤーマフだった。自分宛てにしては随分とかわいらしい。何かメモなどないか確認しても、箱に書かれた自分の名前以外は何もなかった。
 ドラルクは何か気になるのか、特にじゃれるものでもないそれに手を伸ばしては、ノースディンの腕に阻まれ宙をかいている。
「お前の好きな匂いでもするのか?」
 毛皮に鼻を当ててみたが、特段の香りはなかった。猫の前足が胸にかかり、ちょっかいを出そうとして次第に登ってくる。手で抑えようとしても何せこの小ささと柔らかさだ。僅かな隙間からにゅるりと出てきて、今にも腕から落ちそうで不安なのだが猫は諦めない。
「こら、落ち着け」
 こぼれ落ちそうな猫を何とか制止しつつ、いったん手の届かない場所――と言ったら自分の頭の上しかない――と、結果イヤーマフを装着することになった。耳が覆われ、普通に暖かい。おもちゃを奪われた猫から抗議の声が上がる。
「分かった、落ち着いたら触らせてやるからいったん……」
『んもーおお、離せヒゲヒゲ』
 ――?
 突如聞こえてきた声に、ノースディンは動きをぴたりと静止した。腕の中でもがく猫に目を向ける。
『なんっか無性に気になるソレ。ちょっと貸してください、ねえヒゲ聞いてます?』
 猫の口はそれまでと同じような動きしかしていない。しかし言葉となって聞こえてくる。もしかしなくてもこの耳当てのおかげだろう。
『何です人の顔じっと見て、意味もなく凝視するのは良くないって……ん? とうとう私のかわいさに降参ですか?』
 ドラルクは翻訳されていることに気付いていないらしい。変わらず鳴く、というか喋り続けている。
 ――……マナー違反、ではあるが。
 しかしこれはノースディンへの届け物、もしくは贈り物である。ほんの少しなら、猫となったドラルクが何を言っているのかこっそり聞いてもいいだろう。
『ヒゲ? どうしたんです急に固まって』
 いつも通り返事をしそうで危ないから黙っているだけだ、とは言えない。何か場を繋ぐものは、と考えを巡らせ、ミルクの存在を思い出した。
「……そう鳴いていたら喉が乾くだろう。ミルクを持ってくるから待ってなさい」
『え、アンタいないと寒いからやです』
 立ち上がりかけたノースディンはぎこちなく動きを止め、コホンと咳払いをして腰を下ろした。
『ベストの中に入れてくれるならいいですよ。狭そうだけど手を打ってあげます』
 これで言う通りにしたら通じているのがバレてしまう。しかし置いていくのは寒いという。どうするべきか。分からない顔を装いながら、一秒ほどの間に答えを出す。
 ――寒い、というのだからな。
 であれば、これなら怪しまれないだろう。
『……へ? なに、な……、な、う、ぅ〜〜』
 成長途中の猫の体を手のひらで覆いながら撫でていく。立ち上がりかけていた体が撫でられるごとに低くなり、目蓋が重くなり始めた。元々滑らかな毛並みだったが撫でると艶も増すようで、その上温かくて柔らかい。首から背中、尾の付け根までのなだらかな隆起の形に沿って、手は自然に繰り返し動いた。ドラルクも抗えないようだがノースディンも止められそうになかった。
『撫でろって、言ったんじゃない……』
 うううと耳当てから聞こえたのは唸り声だが、もう一つ音が聞こえてきている。ころころ、ごろごろ、撫でる手に合わせて体を浮き沈みさせているドラルクの喉からだ。おそらくこのまま続けていけば眠ってしまう。顎はもうぺたりとノースディンの腿の上に乗っていて、眠りまでのカウントダウンを始めてもいいだろう。
 しかしドラルクはかろうじて薄目を開け、耳を細かく振り動かした。ほぼ寝ている顔を何とかこちらへ向ける。
「……寝ないのか?」
『……寝たら……もったいない……』
「もう寝てるようなものだぞ」
 眠そうに垂れていた尾が、そんなことはない、とでも言いたげに先端だけ持ち上がった。しかし撫でる手を尾の先まで伸ばすと、また喉が鳴る。耳当てを片方外せば、か細い猫の声と弟子の声が、途切れ途切れに両方聞こえた。
『……ねえ、ききました……?』
「……何だ?」
 ――聞いたか、効いたか。
 そういえば効き目が、と言っていたから後者だろうか。ドラルク? と呼びかけるとかろうじて聞き取れる声が返ってくる。
『……この姿なら……かわいがらずに……いられないでしょ……』
 その答えに目を丸くしているうち、細い尾は手のひらを抜け、体の脇に添えられた。船を漕ぐ顔と、丸まった体を尻尾ごと両手で包むと、ノースディンの親指の付け根を枕にしてドラルクは今度こそ眠りに落ちる。
 すぐに死なない体で遊び回りたい。それが両親と祖父へのリクエストなのだと思っていた。が、そんなことを目論んでいたとは。
「……まったく、まだまだだな」
 呟いて、苦笑する。その姿でなくとも、どんな姿でも。
 ――お前がお前である限り。
 頬や耳の後ろを指でさすると、二つの弧を描く口の端が上がった気がした。
 良い夢を、と囁いて、膝の上で熟睡する猫におろしたての膝掛けをかける。包装紙もリボンもほどいてしまったが、怒られはしないだろう。