雨のちはればれ [ 1 ]
◇◇◇ ある雨の日 −PM23:00− ◇◇◇


 一日中小雨が降り続いている。
 かに座のあなたはパステルカラーの小物がラッキーアイテムだというので、緑間は母の傘をさして登校した。それは日傘であったらしいのだが、小雨だったので何ら問題はなかった。高尾が腹をかかえて笑ったのがうるさかった位で、今日一日何事もなく、平和に過ごした。それにしてもまだ雨は止む気配を見せない。
 ピリリリ、と携帯が振動と共に音を立てた。持っていたペンを置き、机の上のそれを取り上げる。出ることにためらいはないが、相手としては珍しい。通話ボタンを押したら、前にも似たようなことがあったことを思い出した。

「何なのだ、こんな時間に」
「どうもすみません」
 少しも悪くなさそうに黒子は謝った。棒読みを超えて開き直っている声は、いつも以上に小憎たらしい。
「緑間君にお願いがあって」
「断る。勉強中だ」
「聞いてくれたっていいでしょう」
「オマエのことだ、どうせ面倒なことを頼むつもりだろう。うちは来週から試験期間なのだよ」
「それほど面倒でもないと思います。少なくとも試験よりは」
 試験は面倒とかそういう問題ではない。が、黒子に緑間の文句に耳を貸す気はまったくないようだ。半ば諦めて眼鏡を外すと、頃合を見計らったように黒子は続けた。こういうところもかわいげがない。
「黄瀬く」
「断る」
「……どうしてさっきから聞く前に断るんです」
「少しは自分たちで解決したらどうなのだ」
「それができたら電話してません」
 とうに分かっていることだが、黒子とはどうにもスムーズに会話が進まない。緑間は気を落ち着かせるため携帯を片手に窓際へ移動した。雨の音は少しだけ心が休まる。
 今日のかに座の運勢は十位だった。微妙にアンラッキーに分類される順位だ。傘を手放した途端にこうなのだから、やはり最後まで油断できない。

「また何も言わないのか、アイツは」
「……では緑間君、よろしくお願いしました」
「待て」
 肯定すらせず、用件を察してくれたらそれでいいとばかりに、頼む言葉を口にする。低姿勢な発言に反比例して声はかなりヤケ気味だ。
「勝手に完結するな。どうしてお前はそう勝手なのだ」
 黒子が自分に電話をかけてくることなどまずない。かけてくるときは決まって不機嫌も最高潮に達しており、普段の無表情はどこへいったと疑いたくなる。そしてそれは大抵において黄瀬絡みだ。

(それも道理だが)
 これを言うと黒子の機嫌が面倒なほど下がるのと、自分も何とも言えない微妙な気持ちになるので緑間も口にはしないが、黒子と黄瀬は、付き合っている。らしい。しかし付き合っているのかと聞けば、そういう言い方やめてもらえますか、と黒子はふいとそっぽを向く。照れているだけと思うが、まあ面倒臭い。

 見た目には、黄瀬の一方的な愛情表現と、それを適当にあしらう黒子の関係は以前と変わらない。ただよくよく観察すると意外なことに、黄瀬は紙一枚ほど落ち着いて、黒子は半紙一枚程度、感情を素直に出すようになった。
 黒子は黄瀬のことで自分を頼るのが腹立たしいようだ。悔しい、と言った方が適切かもしれない。死んでも認めないだろうが。
 でもこうやって電話をかけてくる程度には、黄瀬のことを考えていることを隠さないようになった。それに、あの黒子が独占欲か、と考えれば人間らしくなったものだ、と感慨深く思える。
 そして黒子も自分も、黄瀬を間に挟んで再会するようになってから、端から見たら少しも友好的でないらしい会話を心おきなくするようになった。あれから時間が経ったからなのか、それとも戻ったのか。分からないが、とにかく楽は楽である。

「過保護もほどほどにするのだよ。黄瀬など放っておけばいいだろう」
「緑間君に言われたくないです」
 黒子が消え、愚痴るわめく泣く落ち込む黄瀬の面倒を図らずも見てきたのは緑間だ。面倒な人間が二人に増えた、と最近感じるのは気のせいではない。追加で増えた当の相手は、緑間の溜息にふてくされた声で返した。
「仕方ないじゃないですか、黄瀬君は何故か、緑間君には話すんですよ」
 携帯越しに、おそらくくっきりと刻まれているであろう眉間の皺まで見えた。

 バスケと学業だけに専念したい。オレが尽くす人事はその二つのみだ、オマエらのことなど知るか。
 電話を切った緑間は、力いっぱいその気持ちを込めて、黄瀬宛てに短いメールを送った。







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