春、夜、雨 [ 1 ]


 夜になると肌寒い。春が来たばかりだけれど、たまに夏の匂いがする。葉の匂いが濃くなろうとしている。
 何かがゆらゆらと立ち込めるようなこの季節を、黄瀬はやや苦手としていた。緩んだ空気が身体に入ってきて、閉じ込めているものを揺らしていく。扱いづらい季節だ。冬の張り詰めている空気の方がいい。

 ――ピーンポーン。

 開けっ放しだったカーテンを締め、シャワーでも浴びて寝るか、というタイミングでチャイムが鳴った。思わず遠くを見つめて目が細くなる。
 こんな時間に人が来る予定はない。連絡だって来ていない。よく自分がいるかどうか確かめもしないでくるものだ。
 二度目のチャイムが鳴った。これで出なければ帰るのだろう。何度鳴らせば諦めるのか、黄瀬は知らない。スリッパの音をわざとらしく鳴らして玄関に向かう。サンダルに足をつっかけたところで、はーっと思い切りため息をつき、ドアノブに手をかけた。

「こんばんは」

 軽く下げた視線の先には、薄手のパーカー一枚を羽織った黒子が自分を見上げている。
これで荷物が大きいなら立派な家出少年だが、肩に引っかかっているのは小さなリュック一つで、きっと今日も財布と本しか入っていない。泊まり道具どころか、朝になれば爆発している髪を梳かすためのくしだって絶対に入っていないことを、黄瀬は熟知している。

「……こんばんはじゃないでしょ、今何時だと思ってんスか」
「十二時くらいです」
「もうすぐ一時!こんな時間に出歩いたら危ないっていつも、あ、また無視して!」

 黄瀬の小言を無視し、どうぞと言われる前から黒子はさっさと靴を脱ぎ、きちんと向きを揃えてからリビングへ向かった。始めの頃は、黄瀬の家の方がテレビが大きいから、という口実でやってきたが、黒子が自分からテレビをつけた試しはない。今では理由も無く訪れることが日常になっていて、黄瀬も自分の家が無料の宿泊施設扱いされることに慣れてしまった。今頃黒子はクッションを抱えて、ソファで欠伸をしているだろう。
 黒子の後ろ姿が消えた廊下の先を見やり、明日早いのに、と黄瀬はうなだれた。チャイムが鳴った時点で、睡眠時間が削られることは決まってしまったのだ。こんな対応、黒子以外には百万が一にもしないだろう。
 くそう、とわざとしかめっ面を作り、頬を外側に引っ張った。だめだ目が笑ってる、と気付き額を叩く。怖い顔をしておかないと、黒子はまたひょいひょいと遊びに来てしまう。黒子の生活指導をするのは、品行方正とは間違っても言えなかった自分の役目なのだ。何せ、黄瀬は四つも年上なのだから。



「黒子っちは大学生になってから不良になったっスよね」
 温かいココアを注いだマグカップを手渡しながら、予想通りクッションを抱えている黒子を視線で非難する。
 まだ高校生だった頃、彼は十一時にはぐっすり寝ていた。黄瀬が十二時近くにメールや電話をすると、今何時だと思ってるんですか、と黄瀬がさっき言った言葉をそのまま不機嫌に返してきたくらいで、まさか大学に入っただけでここまで変わると思わなかった。特に今年に入ってからの黒子はひどい。休日平日を問わず、週に一度のペースでやってくる。それも決まって日付が変わった頃、連絡の一つも入れずにだ。

「これが不良だったら黄瀬君はどうなるんですか。大学生は夜に遊び歩くものなんです。キミがそう言ってたんじゃないですか」
「オレはいいの!仕事あったし、そういうときは送ってもらったし!」
「女の人とも遅くまで」
「合コンは付き合いで行っただけっス」
「ボクも一回くらい行ってみたいです」
 聞き捨てならない台詞が出てきたので、黒子の口元で湯気を立てているマグカップに手を伸ばし、上からがしりと掴んだ。
「行ったら黒子っちのおかーさんに門限作ってもらうからね」
「冗談です」
「ならいいっス」

 黒子の実家は、黄瀬の実家の隣にある。黄瀬が中学校三年生のとき、小学校五年生の黒子は引っ越してきた。自分たち二人は、約五年ほどお隣さんであったのだ。
 黄瀬の卒業した小学校に通うことになった黒子は、慣れるまで黄瀬と登校することになった。まるで弾まない会話に、早く一人で通いたい、とお互いに思っていた二人だったが、ある日を境に関係は急速に改善された。末っ子の黄瀬は突然世話を焼くという行為に目覚め、一人っ子の黒子の方も兄弟と過ごすような楽しさを知った。勉強以外のことならば、黄瀬はなかなか頼りになったのだ。
 黄瀬は大学入学とともに一人暮らしを始めたが、黒子はまだ実家暮らしだ。黄瀬は黒子母と仲が良いし、黒子に関しての信頼をもぎ取っている。大学生は羽目を外しやすいんスよね、とやんわり言うだけで、六時の門限だって設けられるだろう。
 黒子もそれを分かっているから、黄瀬がだめだと言うことは基本的にやらない。
 夜中、黄瀬の家に突撃訪問すること以外は。

「ていうかね、何度も言ってるけど、オレはもう隣に住んでるんじゃないんスよ。この時間に来るのは危ないって」
「キミがたまに連れ出してくれたときは、大丈夫だったじゃないですか」
「それはオレが一緒だったからでしょ。玄関出てから戻るまでちゃんと見てられたからいいんスよ」
「ボクもう、あのときのキミと同じ年です」
「……」

 やぶへびだった。と黄瀬は渋い顔で黒子から目を逸らした。

「……オレはいーの、年より上に見られるし、でかいからそこらのヤツは絡んでこないし」
「ボクだってキミほど背は高くないですけど、絡まれません。むしろ気付いてもらえないです」
「……、確かに」
 真顔で頷きかけて、黄瀬は途中で首を振った。
「違う!そういう問題じゃないっス、逆に何かあっても気付かれないから余計危ないじゃないスか」
「駅からここまでコンビニ、レンタルビデオ屋さんと派出所まであるんですよ。隣の駅も近いし、遅くなっても便利だからってキミがここに決めたんじゃないですか。それに大きくたって絡まれるときもある。同じです」
「……黒子っちはどうしてこういうときだけよく喋るんスかね」
 ソファの手すりに肘をつき、黄瀬はこめかみに手を当てた。
 昔から、喋るだけなら黄瀬の方がよく喋る。黒子は相槌を打つか、聞いているだけということも少なくない。しかし、喋ろうと決めた黒子に、黄瀬は口で勝ったことがない。

 黄瀬と黒子の関係が変わったのも、ある日黄瀬が高校生に絡まれているところに、黒子が出くわしたのがきっかけだった。黄瀬を取り囲んだ数人の中に、存在感無くいつの間にか入り込み、『一人を大勢で囲むのは卑怯です』と黄瀬をかばう風でもなく、その上級生たちに喧嘩を売り始めた。
 黄瀬を含む全員が唖然としたが、一瞬早く我に返った黄瀬は黒子の手を掴んで一目散に逃げた。きっと自分一人の方がよほど無難に切り抜けられた。
 突然なんなんだ。無駄に火を大きくしないでほしい。つーか足遅くね?文句を零しながら、でも黄瀬は嬉しかった。自分に近寄ってくる人間は男女問わず多かったが、黄瀬が危ないときに近づいてくるような人はいなかった。
 建物の陰に隠れ、辺りを確認してから黒子を振り返ると彼は既に地面に倒れ伏しており、黄瀬は礼を言うより先に呆れ返った。歳の差も身長差も考慮などしないのがこの頃の黄瀬である。しかし、息を切らしている黒子は不満げに自分を睨んだかと思うと、
『黄瀬君は何か部活をしてるんですか』
と脈絡もなく聞いてきた。
『……何もしてないスけど、何で今そんな話?』
『足が速かったので、いいなあと』
『……今結構危ない目にあった自覚ある?』
『息切れで倒れるところでした』
『いやそれじゃなくて!その前にあったでしょ!』
『危なかったんですか?』
『黒子クンぼこぼこにされるとこだったっスよ。あいつらめっちゃ怒ってたじゃないスか。黒子クンがあーいうこと言うから』
 黒子は少し考えたが、納得いかないという顔で反論した。
『でもあれは向こうが悪いです。だから言っただけです』
『そうだけど。でもそれで怪我したらたまんないスよ』
 正しいことを言えばいいわけではない。のらりくらりとかわすことが、お互いのためということもある。小さい頃からキッズモデルやら何やらで人間関係の複雑さにそれとなく触れてきた黄瀬にとって、黒子の言い分は幼く聞こえた。
 黄瀬が話を切り上げようとした気配を察したのか、黒子はむうと口を結んだあと、ぽつりと、でも意志のこもった声で呟いた。
『……じゃあ、ボクは強くなります』
『え?』
『正しいことを言っても怪我をしないように、ボクは強くなります』
『…………今、そんなひょろひょろなのに?』
『これから頑張ります』

 今度は黄瀬が言葉を詰まらせた。そんなことを言われたら、適当に流して衝突を減らす自分は逃げてきたみたいじゃないか。
 しかし黒子は黄瀬のそんな葛藤など気付く様子もなく、ランドセルを背負いなおし、服についた砂をはらっている。黄瀬はもう一度辺りを窺い、誰もいないことを確認すると、手を差し出した。
『……なんですか?』
『今日だけっスよ。あいつらに見つかったらもう一回ダッシュっスからね』
『黄瀬君と走ると疲れるのでやです』
『今度は黒子っちに合わせるっスよ、仕方ないから』
『黒子っちってなんですか』
『やなの』
『……ちょっとやです』

 言葉通り、ちょっとだけ嫌だけど、そこまで嫌でもない、という複雑な顔で首を傾げた黒子を見て、黄瀬は笑った。生意気っスねーと言って手を引っ張ったが、家に着くまで黒子は大人しく手を繋がれたまま歩いていた。
 見た目通り体力がなくて、喧嘩も弱そうで、でも度胸だけは人一倍で、無鉄砲なこの子供を、放っておいてはいけないと思った。そして自分が思いつかなかった方向に決心をした黒子を、黄瀬はほんの少し尊敬した。



「黒子っちは絡まれなくても自分からトラブルに首突っ込むから心配なんスよ」
 あの日のことをお互い匂わせながら話を続ける。五年も六年も一緒にいれば色々な事件が起き、その数だけ思い出がある。思い出、では済まない出来事だって起きる。
「見て見ぬふりはできません」
「それが必要なときもあるんスよ」
「、じゃあ黄瀬君は」
 黒子は静かにマグカップをテーブルの上に置き、隣に座る黄瀬に身体の正面を向けた。パーカーにジーンズ、というシンプルな私服姿の黒子が目の端に入る。黄瀬にはランドセル姿の黒子だってすぐに思い出せるのに、もう制服でさえない。大学生か、などと悠長なことを思いつつ、今じりじりと逃げ場を失っていることにも気付いていた。黄瀬の逃げ場を侵食してくるのは、黒子だ。

「ボクのことも、見ないふりをするんですか」
「……」
 顔を見なくても、今どんな目をしているのか分かる。
 こんなときに、自分が真剣に話しているのに、大事な話のはずなのに、こっちを見てくれないんですか、とかすかに悲しさを含んだ声が黄瀬を責める。黒子の目を見たら黄瀬は嘘がつけない。だから見ない。それでも黒子には本心を見透かされそうで、極力普通の顔でカフェオレの残りを飲み、マグカップで口元を隠した。

「……見ないふりなんてしてないっスよ」
「ボクもう二十歳になりました」
「知ってるっスよ。お祝いしたじゃないスか」
「黄瀬君」
 いつまでもしらを切ろうとする自分に、黒子の声が沈む。

『二十歳になるまで、待って』

 そう言ったのは自分だ。四年前、ちょうど今くらいの季節、コンビニからの帰り道だった。
 大学生になった自分は生活リズムが大分変わり、高校生の黒子と接点がほとんどなくなってしまった。下手に夜連絡をすると怒られるので、黒子の部活が休みの月曜日にだけ、夜中に二人でコンビニへ行くのがひそかな楽しみだった。別に食べたいものなんてなくても、『何か買いにいく?』と連絡すれば、大体二つ返事で『行きます』と返ってきた。
 黄瀬は黒子がかわいくて、ただただ弟のようにかわいがってきたつもりでいたのに、コンビニを出たときのぬるい空気に惑わされて、ふと黒子に触れてしまった。
 指先で、ほんのり青く見える髪に触れた。指の中で容易く形を変える髪の柔らかさが、自分の熱を刺激した。黒子に対して抱いている気持ちがそういう種類のものだと自覚したのは、そのときだった。
 いつもと変わらない様子で自分を見上げた黒子は、ほんの少し驚いたように目を見開いた。今まで生まれたことのない沈黙と、不安定な空気が流れた。それだけで、黒子には伝わってしまった。
 黒子は拒否感や抵抗感を示さなかった。小さな口が開いて、言葉を紡ごうとしたとき、黄瀬は待って、と言った。二十歳になるまで待って、と。
 今思えば、とりたてて用もないのに頻繁にコンビニに誘い、それに応じていた時点で、黒子も黄瀬と近い気持ちを持っていたのだろう。このまま自分が気持ちを告げたら、おそらく好意的な返事が来る。半ば確信したけれど、それは逆に黄瀬を思いとどまらせた。
 黒子の目は、黄瀬を高校生たちから助けようとしてくれた頃のまま真っ直ぐに透明で、その純粋さからくる清浄な目は、黄瀬自身が守ろうと決めたものだった。彼は先のことを考えて手を変えるとか、周りの目を気にして判断するとか、そういうことをしない。それをするのは自分だと、ずっと思ってきた。 

 今年の一月に、黒子は二十歳になった。そのときも、彼は何か言いたげな目をしていた。黄瀬は成人おめでとう、の言葉以外何も言えなかった。高校生から大学生になっても黄瀬の中では黒子は変わらない。今ならまだ、なかったことにできる。

「黄瀬君」
「……ん?」
「コンビニ、行きませんか」

 アイスが食べたいです、と言う黒子に、困ったなあと思いながら黄瀬は笑顔で頷いた。黒子は逃げ場なんて用意しない。黄瀬が取っておきたい黒子のための逃げ場さえ、自分で塞いでしまう。



「この間、モデルをやっている、という人と知り合いました」
「へえ?」
 コンビニの裏手の駐車場で、黒子は買ったアイスの封を開けながら言った。今食べるには少し寒いんじゃないだろうか。黒子にもそう言ったけれど、これが食べたい気分なんです、と昔から彼が好きで食べていたアイスの箱を手に取った。
 箱の中に六つ並んだ丸いアイスの一粒に、プラスチックのピックを刺す。食べますか?と差し出してくるが、軽く笑って首を横に振った。丸いアイスが口の中に消え、頬がアイスの形にふくらむ。その肌をつつきたい衝動には気付かなかったことにする。

「撮影現場にいくと、かっこいいか綺麗な人ばかりで緊張するそうです」
「へえ?……、それって」
 男?女?と聞きたかったが、どちらにしても嫌なので聞くのはやめた。
 自分が言うのもなんだけれど、あまり関わってほしくない。見た目だけで性格に問題があるようなのは黒子に近づいてほしくないし、性格も外見もいいなんてそれはそれで問題だ。黒子の気がそっちに向いてしまう。
「随分初々しい発言っスね」
「そうですか?」
「オレの周りはそれがトーゼンて顔してるのばっか」
「類は友を呼ぶって言いますから」
「オレはもうちょっとケンキョっスよ!」
 言うと、ふふ、と黒子は笑った。笑ったけれど、その拍子に、口元が震えたのが見えた。

「……黒子っち?」
 細いピックが、チョコレート色のアイスの粒をまた一粒持ち上げる。黒子はそれを食べてから、ゆっくりと話し始めた。
「ボクの世界は、学校と本と、……この辺りだけで。黄瀬君がモデルをしてるのも、知らない部活に入ってるくらいの感覚でした」
「……そんなもんスよ?」
「いえ。……それで」
「うん?」
「黄瀬君はきっと、魅力的な人にたくさん会ってるので、それは自然なことだと思うんです」
「……?何が?」
 夜風が吹いて、黒子の髪が後ろから前へ流れる。パーカーのフードが頼りなく持ち上がり、風が止まるとまた黒子の肩へ落ちた。
「楽しかったです」
 唐突に言った彼は、黄瀬に横顔だけ向けて微笑んだ。
「え?」
「二十歳になるのが、待ち遠しかった。でもその時間も楽しかったんです。ありがとうございました」
「……なに、黒子っち、」
 石のブロックに腰を降ろしていた黒子は立ち上がり、黄瀬の数歩先に立ってこちらを見た。少ない電灯で顔がよく見えない。焦りが急に湧き上がる。
「……ボクは、ただ二十歳になればいいんだと思って、それ以外何も考えてなかった。黄瀬君の周りにいる人たちとは全然違いますし、……もう、四年も前のことですし」
「くろ」
「これで帰ります」
「……帰るって、」
「ボクの家に帰ります」
「何言って……、電車ないっしょ」
 馬鹿か、と頭の中で自分を罵る。そんなことを言っている場合じゃない。このままじゃまずい。
(――まずい?)
 本当にまずいのか。これを自分は望んでいて、だから黒子に何も言わなかったんじゃなかったのか。言ってどうする。大体、何を言うって?
 乾いた音が耳に落ちてきて、黄瀬ははっと黒子を見つめた。アイスの蓋を閉じたらしい。逡巡する黄瀬をフォローするかのように、黒子は話を収束させていく。
「ここからなら歩いてだって帰れます。それに……ボクはもう、タクシーを呼ぶくらいできるんですよ」
 傾けたアイスの箱から、溶けた中身が数滴こぼれた。慌てる様子も惜しむ様子もなく、黒子はただ静かな動きで、その箱をビニール袋の中に戻した。
 何を言ったらいいのか分からない。分からないけれど、このまま帰してはいけない。
 しかし引きとめる言葉は口から出るより先に、後ろから発せられた別の声に遮られた。

「あれー!リョータだー!」

「……は……?」

 最悪、としか言えないタイミングでモデル仲間が現れた。前から接点は多かったし最近テレビにもよく出る息の長い中堅どころで、普段なら偶然出会ったって少しも嫌ではない。
(でも、何で今……!)
 飲んでいたらしくやけに陽気で、身長もあれば見た目も派手なその彼女は、当然黒子には気が付かない。近づいてくるヒールの音と声、甘い香りに、黒子の気配がどんどん消されていく。一言挨拶をしたその間に、黒子の姿はもう長い髪越しにしか見えなくなった。
 ごめん後で連絡する、とだけ言って、黄瀬はすらりと細い身体の横をすり抜け、黒子の手を掴もうとした。
 が。
「っ……、……?」
 突然の閃光に瞼を閉ざし、足を止めた。光は何度か続き、それからすぐに遠くで人の走り去る気配があった。

 ――最悪。

 何が起きたのか、分からないわけはなかった。
 撮られた、ごめん、という隣からの呟きの後、二人分の口から長い嘆息が出る。

 あらゆる意味で最悪だった。

 黒子は、黄瀬が目を開いたときには視界のどこからも消えていた。





>> 続