かんたんなこと [ 3 ] |
「だから!オレは!黒子っちが好きなんス!」 「……知っているのだよ」 「なのになのに!」 「オマエは一体いくつの子供なのだ」 わーん!と緑間っちの部屋でバタバタと暴れていたら、思い切り頭を殴られた。ベッドに顔を埋めて身悶える。本当に結構痛い。 あれから、何でか緑間っちはオレを家に連れてきて、部屋でメシを食わせてくれた。レトルトのカレーだ。甘口辛口中辛激辛から選び放題だった。 開き直ったオレは、缶はなかったのでペットボトルの桃の天然水をガンガン飲んでクダを巻き、今日までの一連の流れを訴えていた。青峰っちとそういうことになった、ところを除いて。 「大体、前も言っただろう。黒子があの高校に行ったのが気に入らないのはオマエだけではないのだよ」 「違うっス!緑間っちは黒子っちがどっかの強豪に行ってれば文句はなかったんス!オレは黒子っちとバスケがしたかったんスよ〜」 「オマエとはやりたくないと言われたんなら仕方ないだろう」 「ひどいっス緑間っち!そんなこと言われてないっス!ただ、黒子っちが、あのころバスケが好きじゃなかったって言ってただけで」 「だから何だ」 「ショックじゃないスか」 は、と緑間っちは突き放すように息を吐いた。横顔はクールだが、右手には紫の靴下をはめている。出会ったとき、珍しく変なアイテムを手にしていないと思ったら、さすがに外では自重したらしい。 「オマエらの思考回路はさっぱり分からん。特にオマエは感傷的すぎる」 「手に靴下はいてる緑間っちに言われたくないっス……」 「オマエはまったく分かってないな。いいか、明日はおは朝が始まる前に走りに行く。寝坊などしたら置いていくからな」 「へ?珍しー。つか、オレ泊まってっていいんスか」 「無論オマエは床だがな」 眠る前まで、緑間っちは今日のことについて何も言わなかった。 明かりを消して、緑間っちがベッドに、オレが客用布団に入って、暗さと静けさに慣れた頃。寝返りを打った緑間っちの、くぐもった声が聞こえた。 「寂しいのなら寂しいと、アイツに言えば済む話だろう」 低い、小さな声は闇の中でかすかに響いた。 ずきん、と胸が微かに痛んだ。感傷的すぎる、と言う緑間っちの心臓まで痛くしてはいけない。そんなことを言ったら、だからオマエはダメなのだ、とまた叱られるから言わないが。 「……うん、ごめんス」 自分のベッドではない、慣れない布団と枕で、知られたくないことを知られたその日に、知られたくなかったかつての仲間と同じ屋根の下で寝ている。 それなのに、こんなに静かな夜がやってくるなんて。 頭も気持ちも静かになっていることに気付く。沈んでもゆらめいてもいなくて、温かくて確かな大地の上に寝転がっているようだ。 そうなんだ、こんなことで良かったんだ。 かけ布団の上に両腕を出して、木目の天井を見つめる。合宿みたいだ。 暗い部屋に、誰かが隣で寝ている。誰かは誰でもいいわけじゃない。 (青峰っちにも、バレてたかな) バレてたかもなーと思う。黒子っちとの練習試合のことは言わなかった。何で理由も聞かずに男の自分とできたのか謎だが、聞いたところで「暇だったから」とか言われそうだ。 (でもね黒子っち。全然、まったく、いないわけじゃないんスよ) 胸の中で話しかける。 確かに、後半おかしかったのかもしれない。でも、本気で本心から楽しかったときがあったよね。あのときの青峰っちは、まだどっかにいるんスよ。 そう伝えたい。 近すぎたから、好きすぎたから、受け止められなかったのだ。変わってしまった彼を。 (あ) あれあれ、といきなり降りてきた。 自分もそうだ。なんだ、と思ったらいきなり胸の中がふっと軽くなった。身体まで軽くなった気がして、緑間っちのベッドの方を向いてみる。布団が小さく上下している。 ふう、と息を吐いてみる。ますます軽い。 (緑間っちの言う通りだなあ) 黒子っちが好きなんだから、一緒にバスケしてた時間を楽しくなかったと言われたら、そりゃ落ち込むに決まっている。何だ、本当はそれだけのことだったんだ。何であんなに頼りない気持ちになったんだろう。馬鹿だ。黒子っちのことが好きな気持ちは変わらないのに。それまで否定された気になったんだ。 あの日、自分の投げかけた言葉を何度も悔やんだ。あれは本心でもあるけれど、本心というには言葉が足りなくて。心配する気持ちだってあったのに、前面に出たのはただの嫉妬だった。これから一緒にバスケができる、火神に対しての。 (会いたいっス) 会って謝って、たまには一緒にプレーしたいと言って。 自分は、好きだったと言おう。あの時代、一緒のチームで楽しかったと。 ◇ 宣言どおり、太陽が顔を出した頃に目を覚ました緑間っちは、寝ていたオレにジャージの上下を投げつけた。ついでに適当なバッシュを借りて、外へ出る。 街はもやがかかったようにかすんでいて、太陽の光で世界の縁が輝いているように見えた。人気のない通りを走りぬけ、川べりを抜ける。水面が静かに光を反射していた。今日も一日晴れそうだ。 緑間っちの後頭部をしばらく眺め、斜め後ろから横へ移動する。緑間っちはオレを見ず、淡々と走っている。 「緑間っち。オレ今日黒子っちに会いに行くっス」 話しかけると、ようやくオレを見た。気のない顔をしているが、一度しっかりオレの目をみたのが分かって照れくさい。確認すると気が済んだのか、正面に向き直る。 「またサボリか」 「や、練習出てから」 んで、ちょこっとだけ早く上がらせてもらうっス。小さく付け足すと、緑間っちはふん、と笑った。 「そんなことをしていると、オレにも負けて泣くことになるのだよ」 「ヤなこと言うっスね!そう簡単に負けねっスよ!」 イー、と歯をむいて、スピードを上げる。緑間っちも当然のように抜いてくる。家に着く頃には、ほとんどダッシュだった。 「どもお世話になったっス。おは朝が始まる前に出るっスわ」 きっちりと制服に着替えて挨拶すると、居間のテレビの前で待機している緑間っちが顔を上げる。不満そうに眉を寄せた。 「バチ当たりめ」 「それ見てたら遅刻するんスよ!」 甘んじて遅刻しろ、という声を背に、玄関へ向かう。 会いたい会いたい。その気持ちを抱えて、授業を受けて、練習に出よう。それで会えたら、すごく嬉しい。 ついでに火神っちにも遊んでもらおう。すぐ頭に血が上るから面白い。 バスケをやってて良かった。 自分も、黒子っちも。バスケをやってれば、いつでも会える。ということにする。 夕方を待つことにはしたけれどやっぱり会いたい気持ちが盛り上がりすぎた。 (駅までじゃ走り足りないっスけど) ゆっくり歩いてもいられない。 にじみ出るような気持ちに動かされるように、地面を蹴って走り始めた。 [ 終 ] << 戻 |