キラキラ    ― side黒子 ―
 すたすたすた、すったすったすった。歩幅も速度も違う二人分の足が並んで歩く。両腕を頭の後ろに回し、機嫌良く歩く黄瀬を、黒子は呆れた顔で見上げた。色素の薄い髪が太陽に透けて、キラキラと光ってまぶしい。

『ストバスしようよストバス!ねーねーねーねー』
 壊れたステレオのように「ねー」を連呼した黄瀬に、黒子は折れた。一日かけてゆっくり読もうとしていた本を、やむなく閉じる。昼食を済ませ、自室に戻ってからのことだった。
 携帯から聞こえてきた黄瀬の声は弾けるほど明るく、何でそんなに元気なのかを聞けば、天気いーからっス!と小学生並みの答えが返ってきた。これで放っておけば家の真下に来て、黒子っちあーそーぼ!と叫びかねない。

 白いシャツに色の褪せたデニム、肩から斜めにカバンをかけて歩く黄瀬は、ごくごくシンプルな格好をしているのに目立つ。高校の中にいても目立つが一般道では余計に、その塔のように高い身長と顔が頭が目立つ。目立つことを何とも思わない彼は人の視線など気にしないし、女の子にもにっこり笑ったりする。手を振ると黒子の眉間に皺が寄るので、それは控えている。
 当初、これは焼餅だと感動してうち震えていた黄瀬は、目立つの好きじゃありません、と黒子の氷のような目で一瞥されて以来、なるべく質素な身なりで現れるようになった。そうすると黒子の目がやわらぐので、黄瀬もやわらぐ。顔にしまりがないと言われたって構わない。

 いつものコートには、土曜日だったせいか先客がいた。足を伸ばして隣駅まで歩く。古いが使えないことはないし、黄瀬がとにかく太陽の下でのびのびしているのを見ると、まあいいか、と思う。

「そんなに太陽ばかり見ていると、焼けますよ」
「ん、いいっスよ。夏は焼けるもんス」
「お仕事は」
「う……」
 まあ、ちょっと位なら、とぼそぼそ口を尖らせ、一旦顔を下げた。細い髪がさらりと揺れてピアスを隠す。真顔でさえいれば手を加えなくてもそのまま写真になる顔なのに、自分といるときの彼はどうにも幼い。高校に入って再会してからは、中学以上に懐いてくる。
「あ、でもずっと歩いてたら黒子っちが焼けちゃうっスね」
「焼けませんから平気です」
「んーでも赤くなるとかわいそうっス。黒子っち白いっスからね!黒子っちなのに!あ、青峰っちと名前交換し……」
 名案、とばかりに手を打った黄瀬をじろりと睨み上げたら、口を笑みの形にしたままぴたりと黙った。
「ううう嘘っス!怒んないで黒子っち!」
「重いです」
 がばりと抱きつかれて視界が白いシャツでいっぱいになる。
 スキンシップ過剰なのは性格だからともかく、自分より二十センチも高い背の、骨も筋肉も重い身体に抱きつかれる身に一度なってほしい、と思う。

「……あのさ、黒子っち」
 身体を離してから少しの間の後、神妙な声を出した黄瀬は、少しだけ伏せた目で地面の先を見ていた。口元を上げるのは癖だろうか、困ったときでも、黄瀬はなんとなく微笑んでいる。
 いやそれは、自分を気遣うときだけだ、と黒子は思い直した。元来表情豊かで、喜怒哀楽を惜しみなく表現する性格なのだ。

(どうせ気にしてるんでしょう。青峰君の名前を出したことで)
 別に黄瀬が気にすることはないのだ。自分の問題だし。
 でも、自分だけの問題にできないのも分かっている。だから何か聞かれれば、話せることは話す。話せないことは話せないまま、そう話せばいい。話せないのは話したくないのではなく、分からないからと。

「言いたいことがあるなら、どうぞ」
 まあ聞くだけなら聞きます。と付け足すと、黄瀬はちょっと目を見開いて、黒子の顔をじっと見つめた。それから静かに笑って、何でもないっス、と言った。細めた目は大人びている。普段は子供みたいで周りの視線も憚らず騒がしいのに、黒子の気配にだけは敏感だ。

 名前を聞いただけで途轍もなくバスケが遠くなる、そんなことがなくなったのも、当時の疑問を投げかけられて、それを聞くだけなら聞くことができるようになったのも、つい最近だ。
 黄瀬と再会して、時が戻るような恐ろしさを感じたのは一瞬だった。時間は動き出した。
 何も言わず消えた自分に、もっと言いたいことはあるだろうに、ただ単純に黄瀬は会いに来る。満面の笑みで。会いたかった、というだけで。
 触れてはいけない過去ではないのだ、と身体で分かるようになった。
 でもまだ、聞かれるくらいどうってことない、という顔を見せても聞いてはこない黄瀬に甘えている自分を知っている。

(いつか話します、ちゃんと)

 古びたリングとコートが見えてきた。黄瀬が指を差して、顔を輝かせる。
 青空の下で彼の笑顔は、太陽のように眩しい。







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