タネもしかけもあります  [ 2 ]

「黒子っちー、手」
 呑気な声に、完全に眠気の飛んだ目で黄瀬を睨む。口に押しつけていた手とシーツをかいていた手を取られ、黄瀬の首に回された。抱き合う形になって、目の前に近付いた耳に精一杯の苦情を吹き込む。
「騙しましたね……!」
「騙してなんか!今だってオレ黒子っち癒し中なのに」
「どこ、が」
「でも、気持ちくない?」
 黒子っち体ほかほか、と自分こそ気持ち良さそうに首筋に顔を埋めた。素直に答えるとも思っていないくせに、答えも分かっているくせに聞くんだから、まったくいい性格だ。

「今日は、しないって、……言いまし、た」
「ん、だからいつもと違うっスよ」
 鎖骨の上を這っていく熱い舌に、漏れそうになる息を必死で堪えながら、同じでしょう、と反論しかけて黒子は身体をびくりと震わせた。
「…………!き……せ、くん!」
 後孔に指が押し当てられている。いつもからは考えられない、早すぎる。焦って身体をずらそうとしても、そんなことが黄瀬に通用するわけはなかった。つぷりと指先が入り込んで、思わず身体が竦む。
「ん……!」
「大丈夫っスよ」
 大丈夫じゃない、と首を振っても、黄瀬は少しも止める気はないようだった。だって、ほら、と分かりきったことを説明するように言う。
「っ!」
 途中まで入った指を中でくるりと回されて、びくん、と腰が跳ねた。すぐに内側から熱が広がり始める。
「…………ぁ……?」
 ね、痛くないよね?と身体を片腕で抱きとめながら、黄瀬が確認した。その返事を聞かないまま、指を押しこめていく。身体と脳は素直に繋がっていて、痛くないと分かってしまえば脳はもう痛みなんて探してくれない。黄瀬の指が自分に何をもたらすか、ちゃんと分かっている。

(……なん、で……)
 それでも、いつももっと時間をかけないと、指一本だって入れるのは大変なのだ。黄瀬に身体中を触れられ、何度も先にいかされ、何も考えられないようにさせられて、ようやく。

(あれ?)
 今何かが引っかかったが、何だろう。

「もー、だから、考えちゃだめって言ってるっス。お休みなんスから」

 何だろう、こんな何も考えてなさそうな人が何かしたんだろうか、と荒くなり始めた息を整えながら考えていたら、黄瀬が頬を膨らませた。

「黄瀬、君……」
「ん?」
「なんか…………ボクに、しました?」
 言うと、きょとん、と目を丸くした黄瀬は、すぐに苦笑した。
「黒子っち、人聞き悪いっス」
「……っん、……でも」
「オレだけが知ってる黒子っちの秘密があるんスよ」
「?」
「内緒スけどね」
 に、と笑った黄瀬が付け根まで入った指を掻くように動かした。これ以上考えさせる気はないらしい。
「あ…………、や、です……!それ、や」
 黄瀬の指がどこへ向かっているのか、すぐに知れた。しかし狭い中を探られて、逃げる間もなく突き止められる。
「っあ!」
 びくりと大きく跳ねた後、がくがくと身体が痙攣した。直接神経に触れられて、爪先から頭のてっぺんまで迸る強烈な熱情に逆らえない。
「や、やあ……っ、あ、ぅ、……っ」
 本当はこんな姿見せたくない。でもそれを晒すことを黄瀬が望むし、全て見せてしまえるというのは本当は――――。

「ごめんね。黒子っち先にこっちしとかないと、声我慢しちゃうから」
 あとさっきみたいにすぐ考え事しちゃうから、と付け足されてももう理解することなんてできなかった。黄瀬の身体能力は本当に、まったく無駄にこんなときも優れていて、一度指が覚えた場所を外すことはない。
「―――――あ、あ…………っ」
 喉を反らして喘いで初めて、黄瀬がその場所から指を離した。それでも燃えるような火をつけられた身体が、埋められたままの指に刺激を求めて動いてしまう。触られてもいない自身のそれが、とくとくと先走りを溢れさせているのが分かる。
「……っ、ゆび…………きせく……っ、も、やあ…………!」
「今抜くとキツイっスよ?」
「い……、いい……っから………早……」
 何でもいい。自分から求めて動く姿だけはどうしてもまだ、受け入れられない。
「かわいーのに」
 ぽそり、と呟いた黄瀬を心から殴ってやりたいと思うけれど、息を整えることに必死で、なおかつ少しも整ってくれない身体ではとてもままならない。

(あつ、い)
 熱くてつらくて泣きそうだ。

 う、と呻くと、自由になった両手で黄瀬は身体を抱き直してきた。ふわりと、滑るような唇が頬をつたって顎の先へ落ちていく。
「……あ、……ゃ、だ、きせく…………きせくん……!」
 優しすぎる手の平が、全身を慈しむように撫でる。どんなに身を捩っても長い指はどこまでも絡み付いてくるのに、刺激という刺激は与えない。入れてくれた方がよほど楽だ。
「……ふ…………っう、く、」
 さっき自分を眠らせかけたのと同じ手と唇が、とうとう涙まで溢れさせた。指の背でそれを拭いながら、黄瀬がさらに無理を言う。
「もっと力抜いて?黒子っち」
「……っきな……です…………っ」
 できるわけがない。頭がどうにかなってしまいそうで怖い。
「できるよ。ね、何も考えないで」
 今日何度も言われたそれを、催眠をかけられるように耳元で繰り返される。走る熱に身体が震えれば、そこをまた触れるか触れないかのような優しさで指先が撫でる。かろうじて黄瀬の腕を掴んでいた指にも唇を落とされて、とうとう滑り落ちた。

 脚の付け根も、腰骨も、手首も指先も、触れられていないところはない。くまなく撫でられ続けた感触が染み付いて、触れられていないところまで触れられているようだ。

 身体に力が、入らない。

「ふ、あ」
「うん、そんな感じ」

 そっと上半身を起こした黄瀬はそんなことを言った。

「…………?」

 意味が分からないし、何も考えられない。ほとんど達する寸前で止められたままの身体は、熱に浮かされて宙に浮いているようで。肌が触れていないと、自分の身体がどこにあるのかすら分からない。

(…………あっ、た)

 どうにか顔を動かして、すぐ横に突いてある黄瀬の手にひたりと頬を寄せた。触れているところがとけそうになるけれど、何だかもうそれで良かった。

「…………そんなことされたら、入れたくなっちゃうスよ」

「…………え……?」

 困ったような声が聞こえ、頬を温かい手の平に包まれた後だった。突然、電流のような衝動が走る。
「?! ひ、あ…………!」
「また後でね、黒子っち」
「―――――――っ!!」
 どくん、と心臓が音を立てた。大きく息を吸い込んで、荒い息を繰り返しても、自分が射精したと気づくのには大分時間がかかった。

(今――――)

 触れられただけで。

「あ、うあ、―――――」

 萎えたそれを黄瀬の指に包まれ、達したはずなのに熱が抜けず、腰が何度も揺れた。脚の震えも止まらない。
 上下に手を動かされたらそれだけで、意識なんて簡単に飛んだ。






(で、そこからの記憶がないんですけど)

 黒子が目覚めたのは、日付が変わってからだった。夜になる前に落ちたんだろうから、結構眠っていたことになる。身体はすっかりきれいにされ、黄瀬もすっかり後ろから絡み付いて眠っていた。身動きが取れない。取る気にもなれないが、身体はそれほど重くなかった。おそらく、入れられて、ない。
 黄瀬の腕の重さを感じると、さっきまでのことはやっぱり夢か何かだったんじゃないかと思えた。

(……あんな風に)

 本当に眠ってしまうと思った。あの状態の黄瀬がまさか何もしないで終わるわけはない、と頭では分かっていたし、自分はそう簡単に雰囲気に呑まれる方ではない。なのに、いつの間にか。
 寝ながらにして自分の腕をホールドしている黄瀬の手を見つめてみる。指の長いきれいな形をしているが、大きいし骨ばっているし、間違っても柔らかくなんかない。当たり前だ。あの固いボールと始終ぶつかりあっているのだから。
 それがどうしてあんな。

 んん、と背中を伸ばしたら、黄瀬が気付いたらしい。ただでさえ腕が重いのに、ぎゅーと抱きしめてくる。
「……苦しいです」
 苦情を言うと、腕を弛められて今度はうなじに頬をすり寄せてきた。まるで大きな猫だ。珍しく何も喋らないので、寝ぼけてるな、と思ったら違った。
「……黄瀬君」
「…………うう」
 寝起き早々、下半身が何事かを主張している。
「殺す気ですか」
「だってさっきまでの黒子っちの顔思い出したら……っう……っ」
 どす、と後ろに向かって肘鉄を繰り出す。しかし口は止められたものの肝心なものが引いていかない。
「無理ですよ」
「でもでも元気になったっスよね、来たときより」
「…………それとこれとは話が別です」
「じゃーちゅーだけ!」
「さっきも『触るだけ』でボクえらい目にあったんですけど」
「えええ、えらい目って」
 幾分勢いが衰えたところで、もぞりと身体を動かして向き合う。拗ねたようなしょげているような顔がじっと訴える目でこちらを見ている。
「もう十分したでしょう」
「だってさっきのは」
 僅かに細められた目にどきりとしたけれど、表に出さず眺めていたら顔を寄せられた。二人とも目を開けたままで、触れるだけのキスをする。

 ふわり。

 頭の奥がゆるくしびれた。目は閉じておくべきだった。


「これじゃもっとしたくなるっスよね」
 

 黄瀬の笑みに、ああやっぱり気付かれた、としくじった自分を悟って、今度こそ大人しく目を閉じた。










 [ 終 ]


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