迷い子二人 [ 2 ] |
今思うとよくあれを許したものだと思うが、それはあの行為の最中、『ヒネリつぶしたい』という言葉とは裏腹に、紫原から害意や嫌悪を感じなかったからだと思う。彼自身が全くあのときの衝動を理解できていなかった。 時間をかけ、根気と忍耐を総動員して、黒子は全く的を得ない紫原の言葉から、あの事態の整理に努めた。自分の身のために。 しかし結局、黒子の諦めにより許されてしまった紫原は、その一件以来ちょくちょくこうして触れてくる。基本的に自分の都合オンリーである。 黒子も無駄だと思いながら、一応条件だけはつけた。 ちゃんと自分の意思の確認をすること、無理矢理しないこと。 どこまで本気か分からないが、黒子を好きだと言った紫原は、自分の気分が第一優先なだけで黒子を傷つけたいわけではないらしく、その条件を守ろうとはしている。 (でも本当に、わりに、合わないんです、けど) 「ん、ん………っ」 目をぎゅっと瞑って紫原の肩に額を強く押し付けた。ベンチに座る彼の足の上に向き合う形で座らされ、後孔に指を差し込まれている。 「痛い?黒ちん」 は、は、と息を吐いてやり過ごしているのだが、何せ手が大きいから指も長い。ゆっくりと埋め込まれるそれは、とっくに身体の奥まで指先を到達させているのにまだ入ってきて、いつまでも終わらないような錯覚を覚える。痛いというより、苦しい。なのに。 「ふ、ぁ」 一本目の指を馴らすように軽く抜き差しされると、鼻から抜けるような声が漏れた。入り口がこすられる度、背中を通って首筋まで快楽が走り抜ける。 こんな風に触れるよう、教えたのは結果的に自分だ。 紫原はあまりにも考えなしに好きに動くので、いくら悪意がないとはいえ黒子の身体が持たなかった。せめて痛みだけは軽減させたかった。 でもそれが、こんなに自分の身体を変えてしまうとは思いもよらなかったのだ。 ただ耐えるしかなかったはずの行為が、いつからか、苦痛の中に溶けるような甘さを見つけ出すようになってしまった。そしてその甘さは苦痛を覆して、あっという間に全身を覆ってしまう。 「んっ、や、おく……、奥、やです……っ」 身体の中で紫原の指がどう動いているのかが分かる。骨太な指に内壁をこすられて声を上げるなんて考えられないことなのに、その動きに呼応することが止められない。挿入を繰り返す指が一番奥に辿りつく度に、頭の芯がぶれていく。 「やー?ほんと?気持ちよさそーなのに」 「っ、ぁ、ぁ………!」 骨が溶けてしまったような背中を支えられながら二本目の指を受け入れると、既に張り詰めていた神経をなぞられたような刺激に、身体が震えて涙が零れた。二人の身体に挟まれた、一度達していたそれがまた持ち上がり始めている。 「っ!」 「かわいーよねー」 「や、あ、さわら、な………」 「何で?」 「ひぅ……っ」 先端の括れを指先で弄ばれる。撫でるような柔らかく掻くような動きにかぶりを振ると、顎を取られて上を向かされた。身体の内側で蠢く指がどんどん思考を奪い、とても見せられない顔をしているというのに、目に情動を灯した紫原が顔を近づけてきても、顔を反らすことさえできない。 「ん、……ぅ」 厚い舌がぬるりと唇の内側をなぞってから、侵入した口内で頼りなくゆらめく舌を捕らえた。ざらざらとした表面がこすれ合い、唇ごと食まれる激しさにまた黒子が自身を膨らませて泣きそうになっていると、紫原が息だけ継げる距離で、黒ちん、と呼んだ。 (……だから、どうして) 薄く涙の張った目を開いて、停止しかけている思考を呼び戻す。 紫原に子供みたいな声で呼ばれるのは、ほとんどものなど考えられない状態になってからだ。 「黒ちん、やっぱ分かんない」 「…………、です、か」 「分かんない」 同じ目だ、と黒子はぼんやりした頭で思い出す。初めて紫原が黒子を無理に抱いたときもそうだった。目の奥でだけ、感情の堤防が決壊している。子供が拗ねていじけてふくれて、でも我慢して、泣き出す寸前の目と似ている。 『バスケ好きになんなきゃダメなの?』 あの日、紫原が抱えきれなくなったのはそれだった。 いくら開き直っても、桁外れの才能を認められても、赤司がそれでいいと言っても、紫原の中に消えない怒りがある。それはそうだろう。周囲の大半かそれ以上の人間に、いつも彼はバスケ好きであることを求められるのだ。本人の感情を無視して。 黒子も同じことを紫原に求めた。今だって、好きになってくれたらいいと思う。でも。 紫原の怒りの中に、小さな小さな「悲しい」を見つけてしまった黒子はもう、それを求めることができない。 「いいんです、よ」 気休めにしかならない。返事なんて求めていないかもしれないけれど、何とか息を整えて言葉を発しようとすると、口を閉ざした紫原に待つ気配を感じた。 「分からなくても。紫原君」 誰だって感情を強制なんてされたくない。でもそんな当たり前のことを言い切って周囲の意見を聞き流すには、自分たちの心はまだ柔らかくて成熟途中なのだ。 紫原の嫌いな“真面目なバスケ大好きっ子”で、“好きでも才能はなくて”、でも諦めないで続けていたら特殊な才能を赤司に見出され。 とうとうキセキの世代の仲間入りをした黒子は、苛立ちの極みであったのだろう。そしてそんな苛立つ人間なのに、好きでもあった。 『黒ちんが分かったら分かるかなあ』 そう言って自分に乱暴した彼を、分かんない、と訴えてくる彼を、黒子は突き放すことができなかった。 「……っ」 黙って黒子の言葉を聞いていた紫原が、無表情のまま黒子の中に埋めたままの指をゆったりと動かした。黒子の内部を確認するように。 「は、…………っあ、むらさき、ばら、く」 「……黒ちんのことも分かんないけど、いい?」 いっぱい触ってるのに、とそこだけ不満そうに言うから、少しだけ黒子は笑った。 「ボク、だって……、キミのことは、分からないです」 「そうなの?」 「だから、大丈夫、です」 「そっか」 ならいいや、といったん落ちついた紫原の指に黒子が一息つくと、前触れもなく一気にそれらを抜かれた。長くて重い指は、抜かれるだけだって軽く息は止まる。 「ぃ……!」 びくりと震えて顔を歪めると、見当違いの謝罪が耳に届いた。 「あ、ゴメン。でもすぐ入れるし」 「それ、全然、」 言いかけて、黒子は息を呑んだ。腰を持ち上げられ、紫原の性器があてがわれる。 「や……、無理です、待っ―――――」 ぐ、と先端が無理矢理押し広げて入ってくる。その圧迫感とこれから貫かれる痛みを想像して、黒子は身を竦めた。自分の体重を支えようと、紫原の背中に回した手に必死で力を込める。 と。 お構いなしに落とされるだろうと思った腰が、広い手の平に支えられている。恐る恐る目を開けば、僅かに首を傾げた紫原が、黒子をじっと見つめていた。 「……ゆっくりのがいい?」 「……………は、い」 「じゃ、そーする」 言葉通りゆっくりゆっくり腰を沈められ、黒子は熱い息を吐きながら目蓋を下ろした。直前に目に映った紫原の顔を浮かべながら。 甘さなどまったくない、いつも通りの無表情。 返事を聞いたらもう尋ねたことなど忘れてしまうような、通りすがりのような親切。 そんなことが自分の心を温かくしているなんて当然気がつかない彼は、徐々に呼吸が荒くなっていく身体を撫でながら、さっきと同じ顔をしているだろう。 (そういうところが、ボクは) あの日から、もしかしたらもっと前からそうだったのかもしれない。仲間以上の好意がなければ、許せるわけも、こんなことが続けられるわけもない。 「―――――っ」 敏感になっている内側を限界まで広げられ、根元まできつく押し込まれた。紫原の吐き出す息が耳にかかった。ぞくりと背が震える。 「動くよ?黒ちん」 「ッア、あ……っ!ひぁ、や、――――――」 返事をするより先に、深く繋がったところから身体を揺さぶられれば、言葉などもう形成できない。力の入らない手で意味もなくしがみついていると、よいしょ、という間の抜けた声とともに無造作に身体を抱き寄せられた。密着した固い身体から、熱い体温が伝わる。じわり、と目尻に涙が浮かんだ。 このままキミが、“分からない”でいてくれたら。 そんなひどいことを考える罪悪感を、快楽に流される涙と一緒に流す。 本当にわりに合わない。 自分の抱える想いが恋心なのか、それを抱えていていいのか、手放さなければいけないのか、黒子だって分からなくて泣きたくなる。 ただ今はこの体温が手放せない。 それだけなんだ。 [ 終 ] << 戻 |