( にかけるに ) 2×2 [ 7 ] |
遊戯室に三人並んで体育座りをしている。黒子を真ん中に挟んで、右に大きい黄瀬、左に小さい黄瀬だ。黄瀬の母が迎えにくるまで、大きい黄瀬も混ざって話をすることになった。予定ではあと十分ほどだ。 大小の黄瀬はこの状況を思ったより嫌がらなかった。それぞれ左右から黒子に密着できるからだろうか、それでいいならいいか……と黒子は好きにさせている。しかし身動きの取れない圧力は両側からかかり、この広い室内で感じたことのない狭さを体験している。 「で?サンタクロースと一緒に帰ってくるはずが、どうしちゃったんスか」 「となかいさんが、おなかこわしたって……」 「シェイクでも飲み過ぎたんですかね」 「いやいや黒子っちじゃないんだから」 「のみすぎたって」 「ええ?!」 もう一人の黒子は、今はノルウェーにいるらしい。夏の終わりに急に日本を離れてしまい、クリスマスには一時帰国する予定だったはずが、トナカイの腹痛により帰国ならずとなってしまった。いずれ帰るが、正確な日程はまだ分からない、ということだ。 「それでサンタクロースの心配をしてたんですね」 黄瀬が小さな頭を縦に動かす。 「のるうぇー、すごくさむいって言ってたっす。おれがいなかったら黒子っち、こおっちゃう」 「え、そんなに寒いんですか」 「ていうかりょーた君も……、……、っ」 黒子は黙って右に肘を繰り出した。それを黄瀬の両手が寸前で受け止める。セーフ、と小声で言う余裕がにくらしいが、今は大きい方を構っている場合ではないのだ。 「りょうたくんはあったかくて、カイロみたいですねって、黒子っち言ってたっす」 そう言い、まるで黒子を温めようとするように、膝に抱いているクッションを折り曲げ身体に抱き込んだ。心配でたまらないらしい。 その優しさにうんうん頷いている黒子の右上から、視線が燦々と注がれている。黄瀬が長い人差し指で黒子を指し、それから自分自身も指した。 (うるさいです) 黒子も黙って目で答える。ここのところ黒子の部屋に入り浸っている黄瀬の服の中に、冷たい手を突っ込んで暖を取るのは黒子である。歯を磨いた後とか、入った布団が冷たかったときとか、黒子にとって必要な温度が足りないのだから仕方ない。 「りょうた君の黒子っちも、寒がりなんスか」 「……おれの……」 ここまでひたすら悄気ていた小さい黄瀬はそこで、おそらく今日初めて頬を染めた。 「……おれの黒子っちも、さむいのきらいっす」 今まで彼の黒子に対して、「おれの」とつけたことなどなかったのだろう。水色のもこもこクッションに埋められた頬から、熱が伝わるようだ。 中学の頃、気付いたときには「黒子っちはオレの」と人前で主張して憚らなかった黄瀬を見ていた黒子には、その初々しさが目映い。 「黒子っち先生も、さむいのきらいなんすね」 「あまり得意では、ないですね」 「じゃおれがくっついててあげるっす」 そう言うと、拳一つ分くらいの距離を詰め、黒子にほんのりとした温かさを分けてくれた。そして役に立つことが嬉しいかのように、えへへと笑う。そのかわいさに何か変な声が出そうだったが、黒子は努めて落ち着いた声で礼を言った。 「ありがとうござ……っ……い、ま、す」 そこへ、ずっしりと岩のような重みが右側からかけられた。笑顔の黄瀬が上背を使って肩にのしかかってきていた。小さい黄瀬が察する前にと、背中でじりじりと押し返す。途中で面倒になり一度身体の後ろで手を握ったら、大人しく引いていった。 「黒子っち先生は、のるうぇー行ったことある?」 「ボクは行ったことないですけど……、あ、黄瀬君はありましたっけ?」 「あー、あるっスね。あんときは二・三日しかいなかったけど……って、え?……なに、何スか」 黒子に返事をしていた黄瀬は、無理矢理引っ張られたように、視線を斜め下にずらした。黒子もその方向を見ると、今まで張り合っていたのが嘘のように、小さい黄瀬が期待を籠めた目を見開いている。ノルウェーの話を聞きたいらしい。 黒子も一緒になって黄瀬を見上げてみた。子供の相手をしたことがないのだろう、うろたえる様子が面白い。 「ボクも聞きたいです。パイロットさん」 「ちょ、黒子っちまで」 「ぱいろっと、なんすか」 「そうですよ、こう見えて黄瀬君は飛行機の操縦ができるんです」 ほわー、と口を開かれ、黄瀬はますます据わりの悪い表情で口を結んだ。 どうやら答えようとはしているが、何を話していいか悩んでいるらしい。腕を組み唸っているので、ノルウェーってそんな寒いんですか、と囁き声で聞いてみる。そんなに寒いなら言及しないでいいです、という意図を暗に含んでいたのだが、しかし。 「すげー寒かったっス。適当に外出たら髪凍るかと思った」 と彼はきっぱり言い切った。 (…………黄瀬君) そうだこういう人だった。黄瀬は気を遣おうと決めた相手以外には、まったくの気遣いスイッチオフなのだ。忘れていた自分をはりせんで叩きたい。 「……くろ、黒子っちせんせ」 「りょうた君?」 呼ばれ、黄瀬を見やるとこちらはこちらで、極寒の猛吹雪を目の当たりにしたような顔をしている。 「おれやっぱり、のるうぇー行くっす。あしたはほいくえんおやすみする」 「いや、あのですね、」 れんらくちょう取ってくる、と立ち上がった黄瀬を引き留めようとしていると、隣で慌てふためいた声が上がった。 「あっ!でもでも!黒子っちは絶対好きだと思うっス!」 「「?」」 (ボク?) 黒子は首を傾げたが、その一言は、小さい黄瀬の気を引くことに成功した。歩き出した足が止まる。せっかくなので、そのまま自分と黄瀬・大の間に座らせた。大人しく体育座りになるのが素直だ。 「……黒子っち、すきなんすか?」 間一髪綱渡りの綱から落ちずに済んだ黄瀬は、頭を必死で回転させているらしい。黒子や赤司にうっかり「小さい」などという単語を使ったあと、全力でフォローするときの顔である。 「そうそう、えーっと、景色がめっちゃきれいなんスよ。雪で地面が全部真っ白になって、ふかふかで転んでも痛くないし、雪だるまなんか作り放題だし、黒子っちの雪像だって作れるっス」 それノルウェーの魅力なんですか、と突っ込みたいのはやまやまであったが、黄瀬・小には効果的であったらしい。落ち着きを取り戻した黄瀬が話を続ける。 「それに部屋ん中はあったかいし、夜は月の光で景色が青くなるんスよ。運が良けりゃオーロラも見えるし」 「おーろら?」 「あー、……そうスね」 室内を見回した黄瀬はカーテンに目を留めたが、さらりと視線を外し、宙に模様を描くように指を動かした。 「空にこう、筆でわーって描いたみたいに光が降ってくんの。真っ暗な空に緑とか、水色っぽいのとか」 「なんで?」 「『なんで?』?」 黄瀬君頑張れ、と黒子は応援する。それが子供である。 「なんでって、あのね……、あれは…………魔法っス」 「まほう」 (魔法?!) 「魔法使いが空に絵描いてくれるんスよ」 大分間違った知識を植え付けているが、黒子にそれを訂正する知識はない。夢のある方向へ行ったことだし、今は見守るのみである。 「のるうぇーにはまほうつかいがいるんすか……」 幼い子供の感心の溜息に、黄瀬はちらりとこちらを見た。どうしよう、の目である。黒子は黙って頷いた。その路線で行きましょう、と。 黄瀬は軽く息を吐き、両手を腰の後ろについて身体を支えた。 「……でもほんと、いてもいいと思うんスよ」 そう言って、指でオーロラを描いた宙を見つめる。まるで本当に見えているような顔だ。室内の明かりを瞳に集めて、睫毛の先に何かを浮べている。 「…………黒子っちに見せたい」 (あ、また) 仕事で行った国の話を聞くと、黄瀬はたまに、こうして飛んでいってしまう。 目の前に自分がいても、どこか遠くで黒子を思い出すような顔をして、数秒間現実に戻ってこない。話しかけても反応の遅いのが常であるが――しかし。 「……黒子っち、おーろら見たらよろこぶ?」 その問いかけに、黄瀬は一秒の時差もなく反応した。すう、と遠くを見る目のまま自分を映し、軽く首を傾げて尋ねる。 「喜ぶ?」 「……」 小さい黄瀬も自分の答えを待っている。 目がちかちかするような光景だ。特に大きい方は、場所を選んで顔を作ってほしい。 「……見られたら、嬉しいですね」 同じ顔で笑った二人を、黒子は星を眺めるような気持ちで見つめた。 >> 続 << 戻 |