秘密の場所  [ 13 ]
 
「…………あ、の」
 頬を枕に押し当てて、どこまでも顔を反らそうとする黒子が堪りかねたように口を開いた。何?と返事をしようとすると、口の中のものに歯が当たったらしく、黒子の手が引っかくようにシーツを掴む。歯のぶつかったところを優しく舐めて口を離した。
 顔を上げると、視線に気付いた黒子と目が合う。

「……っだから、こっち、見なくていいですってば」
「あ、顔隠さないでって言ったっス」
「キミも見るのなしにしてください」
「オレは見る必要あるんスもん」
「ないです」
 何度となく繰り返した会話をまた始める。黒子はすぐに腕で顔を隠そうとするのだ。
「だって見てないと、黒子君がちゃんと気持ち良くなってるか分かんないじゃないスか」
「分かんなくていいですから」
「それは良くないっス」
 顔を落とし、ぷくりと滴を浮かべている先端を弱く吸うと、黒子は開きかけた口をきゅっと噤んだ。腰が細かく震える。

(ほんとは、分かるけど)
 見なくても分かる。直接触れる前からゆるやかにたち上がっていたそれは、口に含むとすぐに芯を持ち始めた。それを包む柔らかい皮膚も、とろりと滲んでくるものも全て、ひとつひとつがかわいくて仕方ない。今は完全に固くなって、もう限界まで膨らんでいる。

「き、黄瀬く……」
「……あとちょっとっスよね?」
 唇で先端のくびれをきつめに挟むと、足がもがくようにシーツを掻く。
「……っ……離……!」
「いっスよ、このまま」
「良、くな……っ、……だめ、です……ほんとに……っ」
 もう達していいはずなのに必死に堪え、だめです、と繰り返す。全身に力を入れてまで堪え続けるので一度口から離すと、荒い息ながらも僅かに安心したようだった。
(でも、これはイっとかないと辛いスよね)
 口の中に、というのが抵抗があるのかもしれない。黒子の身体を抱き直し、どうにも隠したがる顔を肩に寄せると、黒子の方も落ち着き場所を得たようにそこへ顔を伏せてきた。足の間に手を延ばしもう一度触れる。
「……っ……!」
 ぎゅ、と身体が縮こまった。ほんの少し触れただけで、手のひらに熱い液体が溢れる。

(……もの……っすごい我慢してたんじゃないスか)
 あのままイってくれてよかったのに。そう思いながら伏せたままの顔を腕で包むと、黒子は巣穴にでも潜るみたいにそこへすぽりと頭ごと埋めた。少しずつ息が整い、強張った身体から力が抜けていく。
(でも、正解?)
 腕の中のゆるく閉ざされた空間は落ち着くのらしい。黒子は長い息を吐くと、額をぺたりと肩に触れさせた。少しずつ、本当に少しずつ、黒子がほどけていくのが分かる。

 奥まった場所に指を触れさせて、あの存在を思い出した。思わず「あ」と間の抜けた声を上げる。
 ちょっと待っててね、と声をかけ、チェストに移動させておいた例のローションを手に取る。あのときはこの存在のいかがわしさに地味に怯んだが、こうなってみるとそれどころではない。身体に傷を負わせるわけにいかないのだ。ごくまっとうに、真剣になる。
 量が分からないが多い分にはいいだろうとたっぷり手と指先を濡らした。一連の動きを見ていた黒子が見ていられずといった顔で目を逸らす。

「……黒子君?」
「……はい」
 以前にこれを突然渡したときは、顔を思い切り顰めていたがそんな顔ではなかった。そんな、首まで赤くなるような。
「あ、えと、何か違う?使い方とか」
「いえ」
「…………合ってる?」
「……あ、合ってます…………」
「……?」
 濡れていない方の手で黒子の頬に触れる。驚くほど熱い。顔の赤さを指摘しようとしたわけではないのだが、精一杯尖らせた目に睨まれた。でも怒っているようには見えない。むしろずっと見ていたいくらいの顔だ。

「前にコレ見せたときと、全然顔違うっス」
 首の裏に手を回すと、また熱が上がった気がした。そのまま手のひらを腰へ移動させ、そっと持ち上げる。
「状況が、違うから……っです」
(確かに、そっスね)
 濡れた指はもうぴたりと入り口に触れている。しかしこの状態でも、言うべきことは言い返そうとするのが黒子らしい。
「さすがっス」
「な、に……、っ」
 慎重に指先に力をこめると、ぬめりのせいか第一関節まで容易く中へ埋まった。爪まで熱くなるような体内の温度に驚く。
(うわ)
 少し奥へと進めると、入り口の輪がぎゅうっと締め付けてきた。黒子の鼓動が少しずつ上がっていく。また下を向いてしまった顔に手を当て、そっと上を向かせようとすると、ゆるゆると首が横に振られる。

「……顔、見たいっス」
「…………いやだって、言ったでしょう」
「見てないと、オレが怖いっス」
 本当に痛かったり辛かったりしたらどうしよう、と思うと先に進めない。
「黒子君」
 ためらっている気配があったのでもう一度頼んでみる。返事はなかったが、手の平が促す動きに今度は逆らわず、黒子はようやく顔を上げた。
「…………」
 伏せられた睫毛の下に隠れた目に見惚れた。薄青い瞳が、溶け始めた飴のようにとろりとしている。繰り返される呼吸が熱い。内側の熱と呼応しているようだ。
 自分もつられて、熱が上がったのだろう。体内に呼び込まれるようにして、無意識のうちに指を奥まで差し込んでいた。黒子が震え、酸素を求めて口をはくりと開く。
 乱れない表情は、それだけにひどく脆く見えた。そのままにしてあげたい気持ちは、崩したい気持ちに簡単に呑み込まれていく。

「…………っぁ…………」
 内側の粘膜を何度か撫でながら、入り口まで引き抜いた。そうしてまた奥へ戻すと、黒子が唇を噛みしめ、逃れたそうに背をしならせる。
 それまで、会話の端々が多少乱れたとしても、ほとんど声を漏らすということがなかった黒子の喉から、抑え切れない音が漏れ始める。一つも聞き逃さないよう耳を傾けているうちに、指先が勝手に動いた。届く限りの奥まで指を伸ばし、その先を優しく掻く。
「…………あ、っ」
 びくり、と目を見開いた黒子が続く刺激から逃げようとするのを片腕で抱き止める。もがこうとはするのだが、奥に指が触れる度身体が跳ねるのと、そこから脱力する繰り返しで、拘束するというよりただ支えるだけで力は足りた。
「んっ、あ、……っぁ…………き、きせ、……く……っ」
 いやだと首を振りながら、悦を伝える声の合間に名前を呼ばれる。やめられるわけがない。名を呼んでくれる唇をぺろりと舐めると、小さな甘い声が新しく零れた。

「黒子君、すげーかわいいっス」
 もっと声聞きたい、と囁けば予想通り拒否されたが、それは一瞬のことで。
「ん、ぁ……、やあ…………っ」
 逃げないように身体を引き寄せ、中指に添えて薬指を中へ潜らせると、倍の体積に内側をこすられた黒子が必死に反応を抑えるよう、背に腕を回してきた。途端に背があたたかくなり、ようやく感じられた体温につい微笑む。
 達するときでさえ声を堪え、表情さえほとんど乱すことがなかった黒子は、自分から抱きついてきたりなどまったくしなかったのだ。
(嬉しいっス)
 それを感じながら、二本の指をまとめて抜き差しする。引き抜けば震え、押し込めば身が反った。身体の中心では一度萎えたそれが、立ち上がろうとしている。
「……っ、ぁ、あっ……、ふ、…………っ」
 指を含ませたまま黒子の性器で撫でると、ひう、と声が上がった。今度はこっそり顔を見よう、と密かに画策する。何度でも達してくれたらいい。

「き……きせ、く……っ、もう……」
「うん、イっていいスよ?」
「…違……っ」
「……?」
 必死な様子で何か伝えようとするので、手を止めて続きを待った。わずかなためらいの後、黒子が耳元に口を近づけてくる。

「……も、へいき、です……」

 キミが来ても。


 小さな、消え入りそうな声は、痺れるように耳に響いた。

 







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