秘密の場所 [ 14 ] |
(あ、危なかったっス……) 理性がふつりと切れるのを強制的に阻止するかのように、思考が一時ぴたりと止まった。ずっと体内に収めていた指を抜き取り、ふーーーと吐けるだけ息を吐ききる。黒子に抱きつく。 指を包んでいた中の熱は、とっくに箍を外しにかかってきていたのだ。ここに、と想像なんかしたらそれだけで暴発しそうで、考えることもできなかった。 本当は今すぐ中まで入って、もっと追いつめて、もっとあられもない声が聞きたい。見たことのない、知らない姿を全部見たい。 でも、そんなことはしちゃいけない。どうしてかそう思う。自分の思うままになんてしてはいけない気がする。 だから、ともかく深呼吸だ。 (ん、少しは落ち着いたっス。…………って、…………!) しかし自分のものをあてがおうとした、そこの光景に再び取り乱す。 とろとろと液体に濡れた入り口。目を逸らしても、抱えられて頼りなく揺れる脚が欲を煽る。明かりを落とした部屋でも、肌がほのかに光っているように見えた。 (……、無理……!いくらなんでも無理っス……!) これでどうやって理性など保てというのか。 触れればぬるりと滑るのも、その感覚と共に中に押し込めるのも、理性を焼き切る原因にしかならない。頭に血が上ったのを、歯を食いしばって堪える。 くぷ、と先端を埋め込むと、黒子が息を詰めた。眉を軽く寄せ胸を上下させてはいるが、顔に痛みは浮んでいない。 下半身が熱に飲み込まれるほど、欲は脈を打って暴れ出す。汗を流してそれを押さえつけ、ゆっくり中ほどまで押し入れた。指を埋めたときの感覚とはまったく違う。途中までしか入れていないのに、迂闊に動けば今にも出てしまいそうだった。 「く……ろこ君、っ大丈夫、スか」 「………は、い」 返事をするものの胸の動きが忙しなくなってきたのを見て、一度落ち着くのを待った。力んでいる腕をほぐすように撫でて宥める。 少しすると、浅い息を吸うだけだった黒子は、ふと呼吸の仕方を変えた。ぎこちなくも息を深く吐き出すようになり、初めて泳ぎ方を教わるときのように、忠実にそれを繰り返す。 すう、と頭が冷えた。 (……それって、“オレ”に教わったんスか) ただの直感で、何の確証もない。でもそう思ったら急に待てなくなった。独占欲が膨れ上がる。嫉妬した相手が自分だなんて、それを馬鹿だなんて思う余裕すらなかった。ただでさえ堰き止めていた欲が大きかったのだ。 「あ……っ――――!」 突然最後まで貫かれ、反射的に上へと逃げる身体を捕らえながら、自分も衝動を噛み殺す。深く埋められた状態で拘束され、きつく目を閉じた黒子は、身体を震わせる以外抵抗すらできないようだった。腰を先端まで引くと、再び訪れるそれを察したのか身体を竦ませる。 「……っ……きせく……っ………」 その声に、ずき、とどこかが痛むのに、身体は解放された本能に従って動こうとする。 「待っ……ぁ、……っ!」 「………っ……!」 奥まで押し込み、のけぞる身体を力任せに引き寄せた。そのときだった。キン、と頭の奥に金属を通されたような痛みが走った。無音の一瞬の後、黒子の苦しげな呼吸の音が耳に入る。嵐のような衝動は、そこでぶつりと断絶された。 「……っ……ごめ……っ」 黒子の頭の両脇に肘をついて、髪の上に顔を伏せた。突き抜けた痛みは去ったが、その鋭さと暴走した身体に、自分の心臓もどくどくと高く鳴っている。息が上がって口もうまく動かない。 「……く、」 痛みはなかったか、今辛くないか、離れた方がいいか。 嫌になっていないか。 今すぐ聞かなければならないのに。 ともかくもう一度名前を呼ぼうと口を開く。すると。 「 と 」 胸の下から、たった一文字がようやくといった風に発せられた。 (…………と?) 「とり、あえず」 「…………」 (と、とりあえず?) 切れ切れに、黒子は言った。 「ちょっと、待ってて、くだ、さい」 ふ、ふ、と彼は息を整えると、身体と身体の隙間を埋めるように背中をゆるく引き寄せた。いまだに鳴り続けている胸が、黒子の肌にぴたりと触れる。 「……すごい、ですね。音」 「……止まんないんス」 「止まったら困ります」 「困るスか」 「困りますよ、腹上死です」 ぎょっとすることを言うので思わず顔を見たら、いつも通りの飄々とした、それでも目元を赤くした黒子と目が合った。どちらの鼓動もまだ早い。早くて、熱い。頬を手のひらで覆うと、心地良さそうに目蓋を降ろした。 する、と首筋に顔をこすりつけると、内側がきゅう、と収縮した。また心音が上がる。どこも痛いとこないスか、と尋ねると、黒子は目を閉じたまま、はいと答えた。ボクより、と続ける。 「キミは大丈夫ですか」 「?」 「さっき、痛そうな顔してました」 「…………」 言葉に詰まっていると、黒子は返事を促すように目を開いた。 (……気付いたんスか、あんなときに) 透明な瞳の奥底で案じている、そんな視線に捕らえられたら何も言えない。だから目蓋に唇を落とすしかない。 「黒子君のこと好きすぎて、胸が痛くなったんスよ」 またドキドキしてきたっス、と抱きしめると、繋がった箇所がこすれたのか黒子が淡い息を漏らす。 「……っまた、そうやって」 「ほんとっス。ほんとにほんと」 「…………あ、わ、分か」 奥をゆっくりゆっくりかき回すと、黒子が言葉を失った。ちゃんと気持ち良さを追えるよう、できる限り穏やかに腰を揺らす。 「触るっスよ?」 「っ、ん」 避ける間もなく下半身に伸びた手に触れられ、黒子がきゅ、と口を結ぶ。入れる前と変わらず立ち上がったままのそれに、さっきの行為に痛みはなかったのだと安心した。 包んだ指でそれを撫で上げながら、身体の中と外を行き来する。少しだけ動きやすくなり、一番奥へ届くごとに黒子の内側がくうっと締まった。繰り返すうち、どうしても勢いがつき始めてしまう。 「あっ、あ、や……っ手……、しない、で、くだ、さ……っ」 上下する手を止めようとするがそれはできない。僅かに力を込めると、細められた黒子の目が艶を帯びて光った。宝石のようなそれを見つめ、手のひらで腰骨を撫でる。 「ひぁ、…………っ!」 こぷ、と先端から蜜が溢れる。それでも何とか堪えたらしい、目の縁に涙を溜めた黒子は何か訴えたげな視線を向けてから、その瞳を閉じ、首根にぎゅうと両腕を回した。 「……きせ、く…………きせ、くん……っ」 「……………黒子く……」 発熱したような身体と、黒子自身が折れてしまいそうな力で回される腕。それを抱き返せば、身体の奥から熱情が一気に湧き上がった。背で交差させた腕を引き寄せて、一回り以上小さい身体をかき抱く。加減などできなかった。目の奥で火花が散る。 「…………っ」 自分が達したすぐ後に、黒子の身体が急激に弛緩した。一度目よりいくらか薄い液体がぱしゃりと飛沫く。 腕が首から滑り落ちるとき、指先がかすかに動いた。留まろうとしたのだろう意に反し、呆気なく落ちてしまった。すくい上げた手はまだ熱い。 (…………絶対) 力尽きたように眠りに落ちていく彼を抱きながら、身に刻むように思った。 絶対もう忘れたくない。こんな大事な。 他のことが思い出せなくても、元の自分に戻れなくても。 オレはもう、キミを忘れたりしない。 >> 続 << 戻 |