秘密の場所 [ 9 ] |
二人で探せばそう時間はかからないだろう、と思われたDVD探しは想像以上の大探索になった。特に黄瀬のクローゼットが最難関で、汚くはないのだが、みっちりと雑誌やら何やらが積み上げられていて、“どうでもいいもの”の密度が濃い。部屋自体が大方片付いているからこそ、ざっと探して見つからないものはその堆積物を掘り崩さなければならなかった。 途中、そういえばと思い出して、タイミング良く緑間にもらった“探し物が見つかるかもしれないアイテム”のピンで黄瀬は前髪を留めてみたりしたが、それでもまだ見つからない。 「ねえ、オレこのピンしてた方がいいんスかね、外した方がいい?」 「キミの好きでいいですけど……」 「効いてるのか効いてないのか関係ないのか、分かんないのがもやっとするっス」 「緑間君には効くみたいなんで、信じる者は、的なことかもしれません」 黄瀬は小さく唸った後、じゃあもう少ししとくっス、と答え、しかし探索済みの雑誌の山に顎を乗せてぼやいた。 「ていうか黒子君ごめん。こんなに見つかんないと思わなかったっス」 「いえ、ボクも甘く見てました。それよりキミ、こんなにお仕事してたんですね」 「ああ、そうみたいっスねえ」 積まれた雑誌の半分ほどは黄瀬が載っているものだ。中学に入りたての頃の写真は、黒子が知っている黄瀬よりももっと幼い。川の側で遊びながら笑っているが、ちゃんと服が目立つような立ち方をしている。やろうと思うと本当に何でも真似られるんだな、と感心する。 「ボク全然知らなかったんですけど、青峰君たちは前から知ってるみたいでした」 「黒子君は知らなかったんスか」 「そういうことに疎いので」 答えると、黄瀬は何に興味を引かれたのか、あぐらを解いて膝で進みながら横へやってきた。同じページを揃って眺める。何だか嬉しそうだ。 「どうかしました?」 「……黒子君もオレも知らない“オレ”っスね」 他人事のようにその写真を指差す。そうですね、と返事をしながら横顔を観察した。 黄瀬は自信過剰だが自分を愛でて楽しむ趣味はないはずなので、自分の姿以外の何かが喜ばしいのだろうが、それがよく分からない。ちっさいなあ、と呟くので、出会ってから呆れるほど身長が伸びたことを教える。足のサイズも大きくなってバッシュもすぐボロボロになったことも。 黄瀬は自分の知らない自分の説明をされるのが嬉しいようだった。ひどい失敗を聞かせても楽しそうに笑う。 「それで、キミは青峰君に憧れてバスケ部に入ったんです」 「確かにすっげーうまいっスもんね、あの人。無敵ってカンジで」 「実際、無敵でした」 「で、黒子君の相棒だったんスよね。羨ましいっス」 「……そんなに」 羨んでもらうものでもない、と言いかけて止めた。どんな言葉を使っても正しく伝えられない気がした。 「長い間のことではなかったです」 自分が観た範囲で思い出そうとしたのか黄瀬は視線を右に上げ、それからお手上げというように首を伸ばして天井を仰いだ。 「やっぱ中二のときのゲームも見たいっスわー。何でないんスかね」 「これだけ探してないってことは、失くなったんでしょう」 「うーん……」 覚えてないなりに腑に落ちる落ちないがあるのだろう。眉を寄せて考えているが、やはりさっぱり思い出せないようだ。 「とりあえず……喉渇いたっスね。何か持ってくるっス」 「あ、はい」 お構いなく、というかそろそろおいとまします、と言う間もなく黄瀬は部屋を出てしまった。足取りに迷いはなく、記憶がないと言われても分からないほど生活には順応しているように見える。 一人になった黒子は、ふう、と息をついてベッドの脇にもたれた。 同じ部屋、同じ家具の配置、何も変わらず、ないのは持ち主の記憶だけだ。黄瀬の記憶がなくなってもうすぐ三週間経とうとしている。一般的にどうかは知らないが、一時的なもの、というには長く感じる。 (もし) このまま戻らなかったら。 記憶が戻らないまま、この関係を続けていくとしたら。 (今度はボクがキミに片想いすることになるわけですよね) さっきあの公園で、一緒にDVDを探すと素直に言い出せなかったことで、自分の本心が分かってしまった。 助けになるならと思いながら口に出せなかったのは、好意を示すのに抵抗があったからだ。今このときも、そういう気持ちはどこかにある。自分は今の黄瀬を、友人以上に好きになりたくないのだ。 でも今の黄瀬だって、自分が時間をかけて好きになった黄瀬なのだ。彼の気持ちを受け取ったことと、存在自体を受け入れたのはほとんど同じだった。同じ気持ちを抱かないでいることは難しい。 けれど。 (…………ボクは、“キミ”のようには) まったくその気がなかった自分に何度も好きだと告げた黄瀬は、どんな気持ちだったのだろう。何度断っても態度も変えず、何故ずっと言い続けることができたのだろう。 自分は、黄瀬を想うことすら怖れているというのに。 無理に唇を塞いできたあの夜以来、黄瀬の態度は変わった。でももし記憶をなくした当時のまま、自分に無関心な黄瀬だったらどうなっていただろう。勢いと甘えで「好き」だと言われていると分かっていても、ほのかな嬉しさはあった。もしかしたら安堵かもしれない。 しかし想いに違いはあってもその言葉をくれたから、自分の気持ちも急に戻りそうになっているのだとしたら――――。 ぱたりと目蓋を落とし、白い壁をぼんやり映していた視界を閉ざした。 もうすぐ黄瀬が戻ってくるだろう。こんな風に揺らいでいる姿を見せるわけにはいかない。現状に一番戸惑っているのは彼なのだ。 (”キミ”が”キミ”の真似をしないでいいと、思ってくれれば) 少なくとも自分には、そんな必要はないと感じてくれたらいい。そんな風に振る舞えているかは怪しいけれど。 黒子はそこで考えることをやめ、ただ足音が聞こえるのを目を閉じて待った。 >> 続 << 戻 |